蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

ゾンビの夜明け前:映画『ホラー・エクスプレス ゾンビ特急“地獄”行』

 

Impression

 今年のクリスマス、皆さんいかがお過ごしだろうか。私はいつもの通り一人でホラー映画を観ていた。定期的におかしくなる鼻のせいで(多分蓄膿)何を食べても異様なにおいがダイレクトに脳に行くため、常に異臭を嗅ぎ続けるなかの観賞となった。

 今回は適当にタイトルを漁っていたこれ『ホラー・エクスプレス ゾンビ特急“地獄”行』という、1972年の映画である。原題は『ホラーエクスプレス』らしいのだが、例によって本邦らしい脳死なタイトルがくっついている。それに引き寄せられたのだから私の脳も死んでいる。鼻から腐臭ならぬ異臭がするし、ちょうどいいという感じで観た。

 まあ、それはともかく、タイトルと72年という公開年であれっと思った人もいるかもしれない。あのロメロによるゾンビ映画聖典Dawn of the Dead』が78年。その前の映画だ。もちろん、邦題のタイトル自体の“ゾンビ”はロメロのゾンビを受けてつけられたものだろう。ただ、この映画にはスタンダードとして確立されるゾンビ以前の“ゾンビ”なるものが描かれていて、“ゾンビ”がロメロのゾンビとして歩き出す前の姿の一つとして、ロメロのゾンビが蔓延したからこそ観る価値はあると思われる。

 映画自体も、それなりにちきっとした作りにはなっていて、単純に怪物が暴れ回るだけでない二段構えの恐怖演出やラストの列車内でのスペクタクル、そして列車物の期待(?)に応えて大破炎上するので、見ごたえはある。

 また、この映画はとある映画と映画をつなぐミッシングリンク的な内容も含んでいるので、そういう、映画と映画の繋がりを感じることもできる一作ともなっている。

 

あらすじ

 一九〇六年、それは満州の凍土の中で発見された。イギリスのアレクサンダー・サクストン教授ら考古学調査隊が発見した類人猿のミイラーーそれを本国へ持ち帰るため、博士は北京からモスクワへのシベリア鉄道にミイラとともに乗り込む。

 しかし、異変は列車に乗り込む前から始まっていた。持ち込む前の貨物をこじ開けた泥棒がそばで白目をむいて死んでいたのだ。白目の周りや鼻から血を噴き出した異様な死体を前に、乗客の一人の神父は悪魔と叫ぶ。しかし、博士はそんな神父を冷ややかに見つつ、貨物を列車に運び込む。

 そして、それは目覚め、動き出した。目を赤く光らせ、よみがえった類人猿のミイラは次々に列車の人々を襲いだしてゆく。ミイラの赤い目を見た人々は白目をむき、泥棒と同じように目や鼻から血を噴き出して死んでいく。

 教授や友人の医師、乗り合わせた警部を中心にして逃げ出したミイラを追う人々。そして、一度は警部によってミイラを射殺することに成功するのだが……。

 教授が発見した類人猿のミイラはなぜよみがえり、人々を襲うのか。その秘密が明らかになる時、更なる惨劇が列車の人々を襲うのだった。

 

 感想 ※ここから先はネタバレ前提でいくのでそのつもりで。

 

 72年というと、アメリカンニューシネマが終わりへと向かう時期であり、スピルバーグ(『激突(74年)』)やルーカス(『スターウォーズ(77年)』)といった若き監督たちが台頭する夜明け前といった時期だ。そして、ロメロの『ゾンビ(78年)』も。

 主演はクリストファー・リーと古典怪奇映画にふさわしい配役で、古典的なモンスター映画の側面と、ロメロの『ゾンビ』へと繋がっていきそうな恐怖描写が同居していて、70年代後半から80年代な娯楽大作への橋渡し的な感触のする映画だ。

 この映画の導入は、考古学調査隊が類人猿のミイラを見つけ、それがよみがえって人を襲うという、古典的な“よみがえった怪奇”という趣向だが、この作品はそれだけで終わらず、もう一ひねりしてあって、それはSF的な要素の導入だ。実はよみがえる類人猿自体は呪いの産物でもなければ何らかの怪異でもない。

 宇宙からやってきた“なにか”が様々な地上の生き物に取りつき、類人猿の取りついたところで何らかの原因で凍土の中で眠りについていたのだ。つまりはThe thing。ゾンビの前哨でもありながら、『遊星よりの物体X(51年)』とカーペンターの『遊星からの物体X(82年)』の間に挟まり、まさにミッシングリンクのような存在になってもいる。

 そんな物体Xな存在は眼を介して自分を撃った警部に乗り移り、難を逃れて息をひそめる。そういえば”それ”が乗り移った人間の目が赤くらんらんと光る場面は『吸血鬼ゴケミドロ』を思い起こす雰囲気だったりする。

 いっぽう、抜け殻となった類人猿の目を調査した教授たちは、その目に刻まれた“それ”が見た景色――宇宙から見た太古の地球により、宇宙から来た存在を感じとる。正体を知られた”それ”は秘密に触れた博士たちを標的に定め、いよいよ最後の戦いが始まる……という感じでスペクタクルに流れ込むのだが、ここまで書いて、ゾンビは? と思った人もいるだろう。私もそんなにゾンビかなあ? みたいな感じで観ていたのだが、ちゃんと最後はゾンビになるのでご安心を。

 一応、それまでは“それ”に殺された人々――記憶を奪われ脳がつるつるになるという状態(解剖で確かめるシーンがある。食事シーンとカットバックで見せられる地味に嫌なシーン)で死んだそれらは、白目をむき目の周りからは血を噴き出した壮絶な姿になって、その死体描写はゾンビっぽい。なんとなく、後のゾンビ描写に影響は与えていそうな感じなのだ。そして、いよいよ最後になり、追いつめられた”それ”がこれまで殺してきた死体たちを操って教授たちを襲わせる。ここにいたり、白目の死体たちはいっせいに起き上がり、ゆらゆらと動き出す。まさに、我々が知る“ゾンビ”そのもの。列車でゾンビで『新感染』の先駆けでもある。

 そんなわけで、色々な映画の姿を見てしまったが、それらの源流の一つに位置していそうな映画、それがこの「ゾンビ特急」なのだ。ゾンビが世界を席巻する前の“ゾンビ”。その定型が確立する前の姿は、ゾンビがゾンビとして確固としたものとなった今だからこそ観てみると新鮮な感興がある。もし観ていなければ、あなたも観てみてはいかがだろうか。