蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

ミステリ以外、その他感想まとめ1

 ウマ娘のアニメ観て、アプリゲームやってる日々。

 本はあんまり読めてないし、そもそも去年読んだ本の感想がなかなかかけなかったので、結構溜まってしまっていた。

 とりあえずはなんとか、という感じでようやく書き出しました。

『花火』

ショートショートと言えば星新一。だが、それ以外にも手練れはいる。それがこの江坂遊で、彼は星新一の一番弟子でもある。しかし、師の星とは違う幻想性と郷愁を帯びた掌編を得意としていて、表題にもなっている「花火」はそんな江坂の特徴が遺憾なく発揮された傑作。そして、なんというか、著者の創作全般への注釈のような作品でもあるったりする(ような気がする)。

花火: ショートショート・セレクションI (光文社文庫)
 

 

黄色い夜

 宮内祐介の新作。自分としても久しぶりだ。ギャンブルですべてが成り立っている国家。そこで勝利すれば国家すら手にすることができるという。そんな幻想めいたルールが包み込む現代のバベルの塔で、男は塔の頂上を目指す。

 結構短いのでさくさくすすむ。切り詰めた物語だが、限りなく切り詰めたそれが、硬い鋼のような強さで、どこかファンタジックな設定に芯を通している。物語のメインどころは、フロアを上がるごとに待ち構えている各種ゲームのディーラーを打ち破る、というギャンブル版『死亡遊戯』みたいな話なのだが、最終的に狂気の解放治療場に言語の話と、宮内のこれまでのテーマに収斂していく。

 誰にも分からない究極の個人言語みたいな話が主人公とあるディーラーとの物語の頂点になるわけだが、それがメインというわけでもなく、『ドグラマグラ』や『ハーモニー』と言った物語の断片達がキラキラしつつ、塔とともに崩壊していくヴィジョン――ある意味現在の共通言語である「ギャンブル」によって建てられた「バベルの塔」が崩れ、客達が逃げ惑う際に飛び交う多言語を幻視するようなクライマックスを楽しんだ。

黄色い夜 (集英社文芸単行本)

黄色い夜 (集英社文芸単行本)

 

 

 『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ

 宇宙で魚を捕っちゃうぞ! かつてそんな惹句のアニメを目にしたことがあったが、今作はそのアニメよりもだいぶまじめに宇宙漁なるものに取り組んだSF作品である。

 人類が宇宙に進出し、千年以上の時間が流れ、宇宙の辺境に流れ着いたもの達の末裔は、とある惑星の周りを周回しながら生活していた。そんな彼らの貴重な資源は、同じように惑星の周りで生活している昏魚とよばれる魚のような姿をした存在だ。それをとり、交易船とやりとりをしている人々の社会は古くから、男女ペアで漁をするしきたりがある。船の形状を変えて網を作るデコンパと船を操縦するスピナー。デコンパは女でスピナーは男。それは、重力が星の中心に向かうのと同じくらい当然のことだった。そんな世界の中にあって、主人公――テラはなかなか相手を見つけられずにいた。何度も「お見合い」を繰り返すテラだったが、その都度、一緒に漁に出た男性達からは断られてしまっていた。デコンパはそのイメージによって網を作り出すのだが、テラの奔放な想像力による生み出される網は、男達には理解しがたく、ただ単に使いにくい網を作り出す困った相方でしかない。

 十二あまりの氏族が3年ごとに集まる今回もまた、彼女は結婚相手を見つけることができず、その3年ごとの祭りもまた、終わろうとしていた。そこへ一人の少女が転がり込んでくる。スピナー志望という彼女――ダイオードは、主人公の話を聞きつけて、是非自分と一緒に漁に出て欲しいと訴える。

 女性と組んで漁に出る……? 意想外の申し出に戸惑いつつも、ダイオードの熱意に押されるようにして船を出すことに。そこで彼女は少女が自分のデコンパとしての意図を理解し得るこれ以上ないパートナーだということに気がつく。そして彼女たちのコンビはやがて、氏族一の漁獲量をたたき出す。しかし、それに対して、長老達はいい顔をしない。伝統的でない女性ペアの二人は、男性社会の目の上のたんこぶなのだ。それとない圧力と戦いつつ、一方では少女の氏族からも、少女を取り返すべく部隊が派遣され、つきまとう彼らを追い払うことなど、面倒がつきないテラ。そんな周囲と戦いながら、テラとダイオードのコンビはやがてこのガス惑星そして、昏魚の秘密に出会うのだった……。

 あらすじ書き出すときりがないのでこの辺で。昏魚(ベッシュ)という魚を中心に組み上げられる文化や社会、生活形態がなかなか面白い。そして、昏魚を原料にして創り出される可塑性の粘土のような物質が想像することで変化し、この想像して網を作るデコンパというSFガジェットで描き出される宇宙船描写がこの作品の特徴だろう。女の子同士の関係性とジェンダー問題的な要素を盛り込んだ冒険活劇としてではなく、きっちりこの昏魚と想像を形に変えるデコンパという要素が、星の秘密と壮大な“旅”のビジョンとなって、それが主人公たちのラストと重なるのもいい。正直、ジェンダー云々の描写は問題に切り込むというよりは、今流行りの女の子同士のエンタメのためにあるような扱いだけど、それはそれでエンタメ的には楽しい感じにはなっている。

 そういえば、外部に出るということがだいたい、旧癖なものからの脱却的な形で肯定的に描かれるというのがSFの常だったりするが、そうやってフロンティアに出てきた人類が、やがてまた典型的な男性優位社会に回帰するというのは、ジェンダー問題的な話の組み方として要請されたにせよ、ちょっと面白い気もした。

 どうでもいいが、個人的にはSFによくある外部に出ることが問答無用に正しい、というのは科学的には何とも言えない気がいつもしてしまうというかなんと言うか。こういうの見ると同時に、シーラカンスとか思い浮かんんでしまったりするのだ。外部に出ないこともまた一つの可能性なのだ、みたいな。本作とは何の関係もないが。

 

『文豪宮本武蔵 

  あの“剣豪”宮本武蔵が明治時代にタイムスリップし、“文豪”として目覚める!? というなんかネタっぽい言葉遊びから生まれたような小説だが、肩ひじ張らずにとても楽しく読めるエンターテインメント作品。江戸時代の人間が明治にやってくる、読者にとってはどちらも過去だが、武蔵にとっては未来である、というちょっとした時差があるのがちょっと面白かった。剣を捨て、ペンは剣よりも強し、みたいな形に目覚めていく武蔵なのだが、メタ的に見る時代の流れや武蔵の明治での「最後」を見ると何とも言えないところがミソのような気もする。全体的にカラッと楽しく読めるエンタメでありながら、どこか向こうに歴史の嵐が見える――よくあるといえばよくあるやつだが、そういう構成も良かったところ。とにかくさらりと読めてきちっと楽しめる、エンタメの手本みたいな作品だった。

文豪宮本武蔵 (実業之日本社文庫)

文豪宮本武蔵 (実業之日本社文庫)

  • 作者:田中 啓文
  • 発売日: 2020/06/05
  • メディア: 文庫