蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

欲望という名の魔法:ジャスパー・フォード『最後の竜殺し』

最後の竜殺し (竹書房文庫)

 

 久々に面白いというか、好きな世界設定のファンタジーを読んだ気がする。

 魔法があり、魔術師がいてドラゴンがいるという古典的な要素を現代的な世界に持ち込んでいるのだが、それらが上位の存在として社会に君臨しているのではなく、衰退したものとして過去のものになろうとしている、という世界がこの作品のキモだ。

 かつては巨大な力を誇った魔法の力は年々衰え、それにつれて魔術師たちもその地位を低下させ、畏れられたり、尊敬されたりする存在というよりは、厄介でそこそこ便利な存在というぐらいでしかない。そして、ドラゴンもまた、かつての恐怖は伝え聞く過去のものでしかなく、広大な結界の中に潜む彼らが死ねば、人々はその土地をこぞって囲い込み、自分のものにしようとする。魔法や魔術師たち、そしてドラゴンもそれ以外の人間たちが形作る経済の中に飲み込まれようとしているのが、主人公ジェニファー・ストレンジの生きる世界だ。

 そんなヘタれたファンタジーが最後の最後で人間の欲望に反逆を起こす、その痛快さこそがこの作品の美点だろう。

 

あらすじ

 魔法の力が減少し、魔法に関する事柄は著しく価値を減じていた。かつて人々に畏れられていたドラゴンはかつての偉大な魔術師と結んだ協定により、それぞれの領地に封じられ、力を減じた魔術師たちも魔法のじゅうたんでピザを配達したり、配管工事を魔法で請け負ったりとすることで糊口をしのいでいる。

 そんな魔術師たちを抱える会社、カザム魔法マネジメントの社長代理はわずか十五歳の少女。彼女――ジェニファー・ストレンジは失踪してしまった社長、カザムの代りに気難しい魔術師たちを束ね、世話を焼き、仕事をあっせんする毎日だ。

 日々、魔術師たちの力は衰え続け、かつて彼らと戦ったドラゴンたちは、封じられたそれぞれの土地の中で数を減じていく。そして、ついにその最後の一頭の死が予言され、その予言が人々を最後のドラゴンの領地へと殺到させる。死んだドラゴンの土地は誰のものでもなくなり、その権利は早い者勝ちとなるからだ。

 人々が待ち構えるドラゴンの死。そんな中でジェニファーは魔術師たちが魔力を取り戻していることに気がつく。それはドラゴンの死と関係があるのか。それを調べるため、彼女は竜を殺せる人間、ドラゴンスレイヤーに会いに行くが、なんとそこで強制的に一分間の講習を受けさせられた上、最後のドラゴンスレイヤーに任命されてしまう。

 そして、ジェニファーが最後のドラゴンスレイヤーとなったことが知れ渡ると、ドラゴンを殺せるということで、国王や不動産会社といった人間たちが彼女を利用するべく続々と動き出す。資本主義が魔法やドラゴンを覆う世界で、ジェニファーは最後のドラゴンスレイヤーとして竜を殺さなくてはならないのか、そして、かつて最強の大魔術師と謳われたマイティシャンダーがドラゴンと交わした契約の秘密とは。

 

感想

 この作品、まず作品の世界観がイイ。魔法の力が衰えてウーバーイーツまがいのことをしたり、安上がりな配管工としてその身をやつしつつ、生きていくしかない魔術師たち。しかも力が衰えるごとに彼らが持つ二つ名もショボくなっていく悲しさ……。

 それでもかつての脅威だけは人々の記憶の中にあって、使った魔法はいちいち書類にして提出しなくちゃいけないし、それをうっかり忘れようなら、最悪火あぶりが待っている。そういう、現代的な時代設定の中に時折顔を出す妙な残酷さが物語の世界にいいアクセントをつけている。

 序盤は魔術師たちのショッパイありようと、しかし、そういうふうにしか生きていけない彼らに振り回されつつ世話したりとわずか十五歳で社長代理となってしまったジェニファーの奮闘が描かれる。孤児院出身の彼女は、四年前に社長のカザムに売られ、まだ二年の無休奉公が残っていて、それがすんでやっと自由になる手続きが踏める。結構ハードな身の上の彼女だが、それをあまり表に出さずに淡々と会社をまわすリアリスト的な姿が印象的。そして、そんな彼女がいきなり竜を殺せる力を授かる所から物語は一気に動き出していく。

 この作品、帯に大きく書かれているように、敵は竜ではなく資本主義というか、人間の欲望が魔法やドラゴンといったファンタジー的な要素の上に垂れ込めていることが強く印象付けられていて、所詮は世のなか金という形で突き進んでいくわけなのだが、だからこそ、この物語はそれが逆転する瞬間が気持ちいい。

 かつての大魔術師がドラゴンと交わした契約と最後のドラゴン、そしてドラゴンスレイヤーの真実が明らかになる時、人間の欲望を魔法が飲み込む。その瞬間こそがこの物語の最大のクライマックスであり、著者の周到な構成が光る。

 ある意味、逆襲の物語であり、解放の物語でもある。個人的には今年の一押しファンタジーだ。