蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

誰かの物語が私という物語を作る:エリック・マコーマック『パラダイス・モーテル』

パラダイス・モーテル (創元ライブラリ)

 初マコーマック。全編これ奇譚という感じのエピソードが横溢していて、とても良かった。そして物語というものを巡る物語というか、そんな構造の物語であり、それが急に雲散霧消してしまうその作者の騙りというか、書きぶりにも唸らされる作品でした。

 なんというか、物語というものにあれこれ感じ入ったり考えたりしましたが、とにかく面白いエピソードが次々流れてくるので、それを眺めているだけでも楽しい読書になると思います。

あらすじ

 エズラ・スティーブンスは物語にとり憑かれていた。それは、祖父ダニエル・スティーブンスが語った奇妙な物語だった。ある時ふらりと姿を消し、三十年ぶりに親族の前に姿を現した祖父は、自分は甲板員として船に乗り、長い間旅をしてきたと語る。

 その中でもパタゴニアの旅で自分は奇妙な話を聞いた――ダニエルは語り出す。それはある一家にまつわる奇怪で悲惨な事件だった。

 それはマッケンジーという一家――その四人の兄妹達にまつわる話だ。彼らの父である医師は彼らの母親を殺し、バラバラにした。その母親の体の一部を、父は彼の子どもたちの体に埋め込んだというのだ。母親の切断された両手両足を埋め込まれた四人の子どもたち。エスター、ザカリ―、レイチェル、エイモス。

 エズラは、自分の名前に彼らの頭文字が埋め込まれていることに気づく。奇妙な符合。そして、祖父が聞いたというその話にエズラは傾倒していく。しかし、母であるエリザベスは父であるダニエルを嘲笑する。どこが長い旅よ? どこにもいかなかったくせに――ダニエルは消えてから三十年間長い放浪の旅になんか出ていない。ちょっと離れた炭鉱の町でずっと一人で隠れるように住んでいただけだ。

 彼の旅での話なんて嘘っぱちだ。そんな物語は存在しない。しかし、エズラは祖父の話に出てきた四人の兄妹――彼らのその後の物語に次々と遭遇していく。果たしてその物語は真実なのか。祖父の語った物語とは何だったのか。

 これはそんな、物語を巡る物語。

 

感想

 この小説は、物語に囚われた男の物語だ。自分を捉え、形成していった物語というものがある。エズラは祖父が語った物語に絡めとられ、その物語のその後を追ってゆくことになる。そして次々と彼の前にはシュールでグロテスクな妖しい物語たちが現れては、あるはずのない祖父が聞いた物語をエズラの中により深く、くくりつけてゆく。

 誰かの物語によって、私なるモノが構成され、動かされてゆく。そういう部分が私たちにはある。エズラは祖父の物語の続きである四兄妹の奇怪な物語に次々と遭遇し、それを取り込んでゆく。そしていつしか、それが彼の物語となってゆく。

 エズラの物語は、自分が囚われたそんないくつかの物語の集合体だ。そして私なる物語が誰かの物語の集合であるならば、その誰かの物語が消え去ってしまった時、私という存在とはどういうものになるのだろうか。語られた物語が騙られた物語であった時、エズラという人間もどこか揺らぎ、読者の前からその物語は砂のように崩れてゆく。

 煌びやかな物語たちが作る物語という砂上の楼閣。その妖しく儚い手触りを感じながら、私は本を閉じた。