蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

相反する世界の接触面:半田畔『科学オタクと霊感女』 -成仏までの方程式-

 科学オタクと霊感女 ?成仏までの方程式? (LINE文庫)

 

 囚われる――人は何かに自分の意志を制限される。それは言葉だったり、過去の過ちや願いや希望だったりする。何かに囚われていることは、自由ではないというふうに見られがちだ。だが、何かに制限されることが、その人を形作っている、その生き方を縁取っているということは往々にしてある。というか、実のところ人は何かに囚われることで自己を形成している。

 この小説は、そんな何かに囚われることについての物語だ。科学オタクである浮島華や霊感女である四ツ谷飾をはじめ、彼らが出会う幽霊たち――彼らは何かに囚われている。

 過去の出来事によって科学を信奉する浮島華と幽霊が見え、触れることで他人にもそれを見せることができる四ツ谷飾。彼女たちがバディを組んで、死してなお幽霊として彷徨う人々が囚われた心残りを科学を用いて解消してゆく、というのがこの小説の大筋だ。

 とにかく、御託は抜きにしてまずは面白い。色々な要素が詰め込まれているが、その要素に寄ったジャンル小説というよりは、それらをうまく均等に融合させたエンターテインメント小説という感じだろうか。章ごとが短編という形式を取りつつ、一、二、三、四&終章が起承転結にきっちりと組まれ、物語全体を傷を与えたものと受けた者が手を取るまでのお話として構成してあり、かなりきちんと組み立てた小説となっている。あと、基本的に華と飾の会話劇が面白いので、それを追うだけでも楽しい。

 それから飾が他者に触れると幽霊を見せられるというギミックが、女の子二人を物理的にくっつけられるという方向に色々と生かされていて、いわゆる「百合」な雰囲気を作る理由付けとしてなかなか巧いな、と。

 

あらすじ

 「幽霊なんているわけないじゃん。適当なこと言うな」

 その言葉に、浮島華は囚われたままだ。小学生の時、華は屈託なく人と触れ合う人間だった。ある時、彼女は家で男の子の幽霊を目撃し、それをクラスメイトに話したところ、普段隅で本を読んでいる女の子が言い放った言葉――それをきっかけに、華が幽霊を見たという話は、彼女が人気取りに嘘を言っているとみなされた。華はいじめられ、孤独になった。自分をそのような境遇にした原因である幽霊。そんなものを信じたばかりに自分はこんな目にあった。だから幽霊を否定するため、彼女は科学にのめりこむ。それ以来、友達と呼べるものは、彼女には存在していない。大学に入り、たった一人の科学研究サークルに半ば引きこもるようにして実験に明け暮れる華。

 しかし、このままサークルが一人では閉鎖処分になると、同大学教授にして叔母の杏子から宣告され、しぶしぶ勧誘活動を行う華。テーマは「幽霊」。サークル説明会にて幽霊は存在しないと一席ぶつ華に、一人の女子が反論した。

 「幽霊はいるよ」四ツ谷飾という名の短髪で明るい髪色をした、華とは雰囲気が正反対の女子はなおも幽霊は存在すると主張する。「幽霊を見せてあげる」そう言って彼女は華の腕をつかみ、そして華は自分のその後を規定した“それ”に、ふたたび対峙することになる。

 

感想 ここから先は、ネタバレ込みですので、そのつもりで。

 

 科学と幽霊。対立するはずのそれを幽霊の存在を前提としたうえで、その幽霊たちが抱えるものを科学で解決するというのはなかなか面白い。幽霊たちの心残り、その執着部分をミステリ要素の核として展開しつつ、それを科学で詰めていく。とはいえ、結構丁寧というか、ことさらミスリードしたりするわけではなく、ストレートな形で物語は進む。あくまでこの物語は二人の女子大生が幽霊の成仏を通して自分たちの囚われているものに対峙し、そして彼女たちがお互いの距離を縮めるお話だ。

 前述したように幽霊だけでなく、生きている華や飾もまた、何かに囚われて生きている。華はかつての飾の言葉に、飾は彼女の祖母に。そんな自らも囚われている彼女らが、成仏できない幽霊たちが囚われていることを解消することで彼らを解放してゆく。

 幽霊たちは囚われたままだと、その囲われた人という文字通りにやがて動けなくなり、一つの場所で暴れる凶悪な霊と化す。そうなる前に何とかしなくてはならない。そういうある種の時間制限付きの緊張感も少し組み込まれていて、エンタメ的な目くばせに抜かりがない。

 基本的には飾が幽霊たちを見つけ出し、華が科学によって幽霊たちを解放する。幽霊現象は実は科学で解明できるとか、科学では推し量れない幽霊だとか、そういうものではなく、厳然とある幽霊という存在を科学によって成仏に導く。どちらかがどちらかを飲み込むのではなく、相反するものが接することで、問題は解決してゆく。最終話などは死者と生者が純粋に触れ合う形で解決する。そしてそれは、相反する性格の華と飾も同様だ。異なるものが接触すること――それが一つの希望として描かれる。

 また、幽霊たち――つまり死者は囚われることがなくなることで崩れ去る。あたかも細胞膜が崩壊して死にゆくように消え去ってゆく。しかし、生者は囚われることで自己を形成し、そのカタチで生き続ける。第三話の“幽霊”琴吹七音は、失った自身の声と向き合いながら生きてゆくことを選んだ。それはなくしてしまった声と夢を抱えたまま生きることでもある。華や飾もまた、自分たちをそういうふうにしたものを抱えながら生きてゆく。華はかつての言葉を発した飾につきまとわれ続けるし、飾は祖母の霊がいなくなっても幽霊たちは見え続けるし、幽霊を追うことも止めない。

 死者たちのように解放されるのではなく、自分たちを縛ることになったものの延長に触れながら、彼女たちはこれからも生きてゆく。そして、彼女たちがお互い接触することで生まれたもの、それがまた彼女らの新たな生き方を形作るのだ。