蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

影絵の悪魔:映画『狩人の夜』

 人を裁くな。あなたがたも裁かれぬように。

                          マタイ伝 七章

 

 1955年、イギリスの俳優チャールズ・ロートンが一度だけメガホンを取ったという作品。当時はさして評価されなかったらしいのですが、少なからずの後続の映画人たちに影響を与え、また支持されて、少しづつ再評価されたいきさつを持っている映画ということです。

 55年というと、日本だと54年の『ゴジラ』とか『七人の侍』のあの辺の時代ですよね。映画の中では大恐慌時代ということですが。もちろんモノクロ映画なんですけど、とても宗教的な寓意に満ち、ファンタジックでかつホラーな、しかし社会的な要素も盛り込まれた独特の映画となっています。

 また、偽牧師を演じるロバート・ミッチャム、彼が追う兄妹をかくまう老婦人のリリアン・ギッシュの演技というか、存在感が一度観たら離れがたいインパクト。

 全体的にものすごく、奇妙で忘れがたい味を持った映画ですので、未視聴ならば観てほしいですね。

 

あらすじ

 遊んでいる子どもたち。かくれんぼのさなか、隣家の地下室の入り口で見つけてしまったのは女性の死体。そして殺した男はすでに盗んだ車上で独り言ちていた――主よ、また夫を亡くした未亡人ですか? これで6人、いや12人でしたかな、いずれにせよ、私はもう疲れました。

 未亡人を殺してはお金を奪っていた牧師は、ストリップ劇場で車の盗難の容疑で逮捕される。彼が収容された先には、家族のために銀行強盗をはたらき、2人を殺して死刑が確定した男がいた。彼が奪った金について、男は口を割ることはなかったが、寝言などからその子供に託したのではないかと牧師は確信する。一万ドルを隠した男、じきに寡婦になる妻――おお、これぞ主の恵み。牧師は歓喜する。

 刑期を終え、銀行強盗の家族の元へ。そして、いつものように未亡人を篭絡し、まんまと夫へと収まった牧師は、金を託されたらしい兄妹を追求してゆく。そしてついに妹が持つ人形に金が隠されていることが分かると、彼らに襲い掛かる牧師。しかし、兄妹は間一髪その魔手から逃れると、ボートに乗り込み、川を下ってゆく。

 だが、牧師はあきらめない。兄妹が逃げた先にもその影は不気味に、そしてしつこくのびてゆくのだった。

 

感想

 最初期のサイコホラー映画みたいなことも言われている本作。確かにローバート・ミッチャム演じる牧師の異様な雰囲気は、いまでいうサイコパス的な犯罪者のはしりといえるでしょう。聖書を引用しつつ、右手の指にLove,左手の指にHateと一文字ずつ入れ、どちらかがせめぎ合っているというような演技を入れるキャラクターなんて、『TRIGUN』あたりにいそうなキャラ造形じゃないですか。

 この映画は、金を狙う牧師と彼から逃げる兄妹の逃避行がメインですが、彼らを付け狙う異様な牧師と、彼らをかくまう老婦人は悪魔と天使のような趣です。牧師は、無垢な少女も魅了したりと、どこかエデンの園の蛇のようなところもありますね。外で様子をうかがう牧師のゴスペルに寝ずの番をする老婦人が合わせて、唱和するシーンとか、なんとも曰く言い難い象徴的なシーンです。あと、ひたすら追いかけてくる異様な男とライフルを構えるリリアン・ギッシュのどっしりとした面構えは『ターミネーター』をなんとなく思い起させて、映画の大河のようなものを感じさせます。

 それにしても、追われるサスペンスもなかなかですが、何といっても画面の画作りが印象深い。日が沈む向こうからやってくる牧師のシルエットや、ライフルを抱えて椅子に座る老婦人の影絵めいた姿をはじめ、舟に乗って流れてゆく子供たちを兎や鳥が見ているようなどこかメルヘン的な画面とか、兄妹の母親が殺されて車ごと沈められている水底の、彼女の髪や水草がゆらゆらたゆとうおぞましくも幻想的な風景とか、今でも見入ってしまうショットの数々。

  また、この映画の映像で語ろうとする部分は素晴らしくさえています。妹が人形から取り出し、遊んで切り刻んだ紙幣の切れ端が、牧師の足元を吹き転がってゆくところなど、息をのむ少年をアップで映すのではなく、また紙片をアップしてことさら強調するわけでもなく、少し引いたところからさりげなく映しています。そのさりげなさが、一瞬のサスペンスを刻むのです。

 それから、この映画は色んなジャンル要素の盛り合わせのようなところがありますね。ミステリー、サスペンス、コメディや幻想、怪奇、そして大恐慌時代の世相を映す社会派で宗教的でもある。女性に対する貞淑たれ的な説教は時代性を感じますが、悪い男にたぶらかされるなかれや、老婦人から見た女性の社会的地位の低さをうかがわせる視線もあって、なんとなく説教部分は隠れ蓑っぽい気もします。また、当事者以外が盛り上がって奴を吊るせと吹き上がりを見せる人々の姿とかは、現代でも見られるある意味普遍的な光景です。

 そして、場面を重ねることで再び父を失う少年の悲劇性。本当に色々な要素のレイヤーが重ねられている、見どころの多い映画でした。

狩人の夜 [Blu-ray]

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