蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

ヒラリー・ウォー『愚か者の祈り』

愚か者の祈り (創元推理文庫)

 創元の新訳プロジェクトで『生まれついての犠牲者』がそろそろ出るということもあって、そういえば読んでなかったなというヒラリー・ウォーの作品を引っ張り出してみました。ウォーといえば、個人的な印象はその淡々とした筆致の捜査のスリリングさもそうなんですが、何といってもそれまでに溜めに溜めた捜査のあれこれが終盤の推理によって輝きだす、正に本格推理といっていい感興が素晴らしい。終盤に意外な展開も含めて一気に畳みかけてくるその推理の面白さはなかなか特筆するものがあると思いますね。

 私のファーストウォーは『ながい眠り』で、やはり、最後の意外な展開に本格テイストを感じ、次に読んだ『冷えきった週末』で、羅列される無数の手がかりとそこから犯人を手繰り寄せてゆく推理に魅せられて、すごく興奮したのを覚えています。

 そんなわけで『愚か者の祈り』ですが、一言でいえば、本格好きはマストバイ――以上です。もちろん本格好きじゃなくても警察小説好きや、バディものが好きな人もぜひぜひ読んでみてください。

 まず、この小説の主軸はバディものの面白さといっていい。猿と呼ばれる偏屈でいつも厳しい雰囲気をかもしだしているザ・ベテラン老警部と推理と科学的捜査で事件に迫ろうとする若手刑事のコンビ。この二人のやり取りが面白いのです。あくまで事実を重視する老刑事とすぐ推理したがる刑事。このダハナー警部とマロイ刑事の掛け合いめいたやり取りが、淡々とした筆致でありながら浮き上がることなく読ませるものとなっています。

 あと結構ムチャクチャな市長の存在が巧く活きていて、自分の選挙のことしか考えてないイヤらしい存在に対して二人が結束する感覚をうまく演出しています。

 テンポもよくて、冒頭から少年たちが顔をつぶされて体を切り刻まれた凄惨な死体を発見するシーンから、滑らかに進んでいき、マロイ刑事が独学かつ時間外労働で再現した被害者の顔によって判明する身元――それは女優を夢見て街を出たはずの少女。そして、彼女の故郷に帰ってきて悲劇に見舞われるまでの足取りを追う二人。

 浮かび上がるのは夢を追い街を出た少女の悲しい姿。少しづつ明らかになる彼女の悲劇は犯人の動機が明らかになることでピークに達します。その何とも言えない事件の姿が少しづつ明らかになってゆくのもこの小説の醍醐味ですね。

 そしてなんといっても本格ファンとしては終盤のマロイ刑事の推理パート。事実を重視するダハナーは執拗にマロイの推理にその根拠となる事実とは何か、と迫っていきます。推理と事実、その二人によるスリリングな応酬は鉄をたたいているような感興があり、死体に残されていた証拠品とこれまでの捜査が結びつき、犯人を指摘する推理は本格のそれといっていいでしょう。

 というわけで、警察小説好きはもちろん、老刑事と若手のバディものが好きな人や本格ミステリ好きにもおススメな作品でした。