蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

のっぺりとした絶望の世界で:映画『太陽を盗んだ男』

 DVD観て、そういえば昔、こんなの書いてたなというのを思い出したので。

 『太陽を盗んだ男』――。長らくカルト的な扱いを受け、映画好きたちがひそかに、しかし脈々と語り継いできた伝説の映画は、やがて多くの支持を得てオールタイムベストなどの常連となる。かつての邦画に宿っていた熱気、映画を観ることの喜びが荒削りな形で観る者に叩きつけられ、今観ても映画を観ることの原始的な快楽の一つである映像そのもの楽しさは輝きを失うことなく、時を経るごとにその唯一無二の輝きを増しているのです。

あらすじ

 夜明け前の原子力発電所を、双眼鏡越しに静かにに見つめる男がいた。彼の名は城戸誠。中学の理科教師として日々をどこかけだるげに過ごす彼は、その生活の裏側で原子爆弾を作るという計画を進めていた。派出所の警官から催眠ガスで拳銃を奪い、原発襲撃の準備を進める中、城戸は修学旅行の引率中、バスジャックに遭遇する。生徒と城戸を乗せたバスをジャックした犯人は、天皇に会わせろと皇居へと突撃するが、その手前で警備に阻止され、犯人はバスに籠城する。犯人の要求を包囲する警察に伝えるため、一人解放される城戸。そこで彼は指揮を執っていた男、山下に出会う。事件は山下の捨て身の活躍により、犯人の射殺という形で幕を閉じ、城戸は再び日常に回帰する。

 いよいよ計画を固め、原爆制作の要であるプルトニウムを奪取するため原発へ忍び込んだ城戸。まんまとプルトニウムを奪い、本格的に原爆の制作に取り掛かった城戸はついに原子爆弾を造りだし、原爆保有国が8つあることから、自分はその九番目の男――9番と名乗り、日本政府を相手に脅迫を開始する。そして、彼がその交渉のために指名した一人の男、それは城戸が遭遇したバスジャックを解決に導いた男、山下だった……。

 

感想 ※ネタバレ前提ですので注意です
 この映画は、黒澤や小津などの一般的に言われる芸術性の高い名作映画といったものではなく、映画全体の造りもかなり荒っぽいものです。しかし、この映画に込められた映画なるものへの熱量は、観る者を映画の中に巻き込んでいく非常に魅力ある力を秘めています。もちろん、原爆を作って政府を脅迫する、というプロットも面白いのですが、何よりもまず映像が面白い。ショットの一つ一つに演出の工夫やアイディアが込められていて、単純に映像を見ているだけでも楽しいのです。今となってはこんなショットの映像は撮れないだろうものがバンバン出てきて、その映像のとんでもなさは本当にすばらしい。

 そして、キャストも魅力的です。原爆を作る教師、城戸には当時人気絶頂の沢田研二。そして彼を追う刑事、山下には菅原文太という初共演の二人がとにかくイイのです。沢田研二は70年代終わりから80年代にかけて顕著になる、豊かさの中で何をすればいいのか分からず、ただただモラトリアムの中を漂流しているような若者の姿をどこかけだるげに演じ、対する菅原文太はそのアナーキーな刑事っぷりももちろんですが、何と言っても後半のターミネータに先立つターミネーターっぷりはインパクト絶大です。

 沢田研二演じる城戸誠は、冒頭で日常に倦んでいることが示されます。形容しがたい鬱屈したものを抱え、雄叫びを挙げながら金網をよじ登ったりする彼は、その鬱屈を原子爆弾制作にぶつけていきます。しかし、原爆を造る前からそれを使って何をしたいのか、彼自身にも分からないことも示され、日本政府を相手に脅迫を始めたものの、最初に要求することと言えば、いつも9時に終わってしまうテレビのナイター中継を続けろであり、次に要求することと言えばローリングストーンズの日本公演。しかも、二番目の要求は彼自身が考えたわけではなく、ラジオのDJが事件をネタにつくった原爆コーナーで、DJ自身が提案したものをそのまま持ってきただけなのです。さらに、ラストで彼が文太演じる山下に言うように、それが実現するとはそもそも思っていない。

 彼自身のそういった目的の無さは、たびたび映し出される太陽のショットがことごとく雲がかっていて、美しいながらもどこか茫洋としたものになっていることでも表されています。

 原子爆弾を造り、それがもたらす絶大な力を手に入れても、それを使って何をすればいいのか分からない。彼が欲しかったものとはなんだったのか。

 城戸は孤独な男です。学校で同僚と話すこともなく、アパートで独り暮らし。世間と隔絶し、半ば引きこもって破壊兵器を密かに造っている……というと『ゴジラ』における芹沢博士的なものを髣髴とさせます。しかし、彼には芹沢博士にやってきたようなカタストロフは訪れません。しかし、豊かで平和で、それなのにどことなくのっぺりとした日常がはてもなく続いていくような感じは、突然訪れるカタストロフよりも対処しがたい、当時の日本の若者が対面した新しい絶望に他なりません。彼はそんなやるせない絶望を、自分とは違う、しかしどことなく魅かれた一人の男に託そうとするのです。

 先ほど、彼には原爆を使って何をしたいのか目的が無い、と書きました。確かに彼は原爆を使って脅迫するにしても、その内容は他愛のない思い付きや他人の考えの流用でしかありません。しかし、一つだけ彼が明確に彼自身の意志でもって要求したことがありました。それは、自分との交渉役を山下にすること。

 バスジャックで出会った山下に、自分にないものを感じた城戸は、山下にどこか憧れめいた感情を持ち、電話越しに彼と話す城戸は普段の気だるげな様子とは打って変わって楽しげです。彼は山下には普段自分が見せないような部分を見せていきます。それはどこか、自分のことを理解してほしい、という風にも見えます。ラスト、山下に対面した城戸は言います。「あんたなら一緒に戦えると思った」

 彼は仲間を欲していた。彼自身の絶望と戦う仲間を。

 「この街は死んでいる――」そう重ねる城戸。

 しかし、そんな城戸をはねつけた山下は言い放ちます「お前が一番殺したがっているのはお前自身だ」

 自身の中に眠る本当の願望を突き付けられた城戸は、山下との最後の対決の後、彼自身がカタストロフとなり、そしてこの映画は終わりを迎えるのです。

 それにしても、改めて観るとこの映画は、本当に見どころのある画面が次から次へと出てきます。人物たちは何処か低体温気味なのに、映像からは妙な熱気が伝わってくるのです。まあ、なんというか、よくこんな画が撮れたな、というショットが次々出てきて、いろんな意味でハラハラさせられます。もうこんなことできないんじゃないでしょうか。明らかにゲリラ的に撮っていたり、早朝でいくら人通りが無いからと言って好き勝手車を飛ばしすぎだろとか、女優をスタントなしで海に放り込み、あり得ない高さからスタントマンが落っこちていたりと色々やってくれます。そういう無茶な画ももちろんですが、凝ったカット割りや編集などの演出面も見どころの一つです。そしてなんといっても時折切り取られる街の風景が美しい。特に太陽と雲が描き出す光と色のグラデーションを存分に生かした街の遠景ショットなどが素晴らしいので、そこも大きな魅力であると思います。まあとにかく、語れども語れども魅力が尽きない荒々しい魅力を持った映画、それが『太陽を盗んだ男』なのです。

 

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