蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

ここは、はるか遠くの国ではない:アンドレ・ジッド『ソヴィエト旅行記』

新たに作り直されたこの社会階級の上から下まで例外なく、最も評価されるのは、最も卑屈な者たち、最も卑怯な者たち、最も迎合的なものたち、そして最も下劣な者たちである。

ソヴィエト旅行記 (光文社古典新訳文庫)

ソヴィエト旅行記 (光文社古典新訳文庫)

 

 ソヴィエト社会主義共和国連邦。かつて、そのような名前の国があった。人類史上初めての社会主義というイデオロギーによる国家。その壮大な理想国家の実験場だった国はすでにない。この国家が最終的に作り出したのは独裁者と、それが作る収容所と虐殺の世界だった。人類の究極の平等。その思想が建国して十年ほどで、すでにほころびを見せ始めていることが、その思想に共鳴し、ソヴィエトを訪問した作家の眼には映っていた。

 アンドレ・ジッドは一九三六年の六月から九月にかけてソヴィエトを訪問し、ソフホーズ〔国営農場〕やコルホーズ〔集団農場〕などの関連施設や街の様子――人々の食糧事情や子供たちの教育状況などを見てゆく。はじめは大きな期待を抱いて、感心した様子を書き綴っていたジッドだが、やがてその外国人向けに見せている姿の裏からにじむ理想国家の欺瞞を目の当たりにする。

 ここに描かれている社会主義国家の姿はどうせ過去の共産主義の失敗にすぎないとする人もいるかもしれない。しかし、それは早計だ。ここにある国家の姿はどこかの島国によく似ている。なにせかつて“理想的な共産主義国家”とまで言われたことがあったのだ。その影の部分はやがて理想的な部分が薄れてきた某国家と共通する部分が多分にある。それだけでなく、今現在世界中で起こっていることの、これはその相似形なのだ。だからこそ、この作品は今でも読まれる意味がある。

 帰国後、ジッドの『ソヴィエト旅行記』は共産党を中心とする左派陣営から強烈な批判が浴びせられた。はっきり言って、この「旅行記」はかなり穏当な書かれ方をしているが、それで猛烈な批判が起こったということは、当時、ソ連に対する左派知識人たちの理想、その思い入れの強さ――自分たちの理論の実践の無謬性に党派的な形で囚われていることがよく分かる。その後、ジッドは激烈な批判の反論として『ソヴィエト旅行記 修正』を著す。そして、この「修正」でジッドは本格的にソ連に対する批判を強めていく。

 ソ連を訪れた当初は、労働者たちとの触れ合いに感激し、向こうで撮られた私の写真が、どれもフランスではあまり見られないほどににこやかで、笑ってさえいるのも、そのためである、と述べ、向こうにいるとき、一体何度私は歓喜のあまり、優しさと愛に満ちた涙を浮かべただろう、とまで書いていたジッド。その後も文化公園での人々の様子や劇場、赤の広場で行われた若者たちの祭りにジッドは目を輝かせ、称賛を惜しまない。

 しかし、やがてジッドの眼はそんな己のまばゆい称賛に塗りつぶされない、うす暗いものを見つめ始めてゆく。ジッドが優れていたのは、その率直さだろう。それは持ち前の情熱についてだけではなく、なににおいてもそうなのだ。だからこそ、称賛の陰から見えてくるものをも率直に捉えてゆく。

 というか、まずソ連に来て間もないころの彼らの熱烈な称賛――ジッド自身のその酔ったような高揚こそが、覚めるための一つの要因だったようにも思える。ジッドたちは、列車の中で言い合う。“もしほかの国だったら”、こんなに瞬く間に、こんなに自然な真心にふれることができるだろうか、“もしほかの国だったら”、若者たちがこんなにも魅力的だろうかと。

 皮肉なことに、ジッドが称賛する人々が、逆に自らを称賛する姿に、その後かれは頻繁に出会うこととなる。外国にはこんなものはないでしょう、これは外国にありますか? そんなふうに嬉々として外国人に尋ねる民衆の姿。それは今でも、我々自身がよく知っている姿ではないだろうか。もっと言ってしまえば、それに類する安易な自己賛美番組に脳が溶かされている国を私たちはよく知ってるはずだ。

 そして、民衆を見るうちに、ジッドはそこに怠惰の芽を見つけてゆく。モスクワの民衆のやる気のなさ。とある工場で彼らの話を聞いているうち、その仕事量があまりにも低いのではないか、という疑いをジッドは持つ。そして、無気力性とともに彼の眼にはその没個性的な人々の姿も浮かび上がってくるのだ。

 それだけが原因ではないにせよ、自己称賛は怠惰の芽の一つであるように思える。そしてそこには“無知”という魔物も潜んでいる。

 ソヴィエトの市民たちは外国のことを驚くほど何も知らない状態に置かれている。いや、それどころではない。彼らは、外国ではあらゆることが、あらゆる分野において、ソ連よりもはるかにひどい状態にあると思いこまされているのだ。この幻想は巧妙に維持されている。というのも、一人一人が――たとえ現状にほとんど満足していないとしても――もっとひどい状態に陥るのを現体制が防いでくれているのだと信じて、現体制を賛美するようにしておくことがとても重要だからだ。

  これなど、現在でも進行していることではないか。そしてそこからある種の<優越>が生まれるのも。そして、その例として学生の声を取り上げる。ソ連の学生の外国語があまりにも下手だということに著者は驚くが、彼は言うのだ「数年前ならまだドイツや米国が私たちに何かを教えてくれることがあったでしょう。ですが今ではもう私たちは外国から学ぶものは何もありません。だったら彼らの言語を話せたからって、何になるんです?」これもまた、どっかで聞きそうな言葉ではないだろうか。

 そして、その<優越>と並んで興味深い指摘が、「自己批判」についてだ。なるほど、我が国スゴイばかりじゃない。だが、ジッドはすぐに気づく。その「自己批判」なるものは、これこれのことが「しかるべき線(ライン)の中に収まっている」かどうかを問うものにすぎないのだということに。そこでは線(ライン)そのものは議論されない。そこにある自己批判の議論とは、ある作品なり振る舞いなり、理論なりといったものが、この神聖にして侵さざるべからざる線(ライン)に合致しているかどうかだけなのだ。

 誰も疑わないその線(ライン)という権威に従っているかが批判の対象となり、それをあいつは守っているか、という相互監視は密告へと人々を容易に導く。権力による規定そのものを疑わず、ただ守ることのみを相互監視で汲々としている――そんな姿もまた、私たちはよく知っているのではないか。

 このように、ジッドの旅行記を読んでまず思うことは、上記に書き綴ってきたことが、なんら遠い昔の出来事になっていないということだ。ここに書かれていることは、今なお続く私たちの現実でもある。ネットは広大だとはどこかの漫画やアニメのセリフだが、我々はその広大なはずのネットに「引きこもって」根拠のない優越感に浸り、同じような者同士がくっつきあって、「他者」を知ろうともせず、その中で醸成される自己本位な希望に安心感を得ているのではないか。そこにあるのは、より強いものの陰に隠れて安心し、異議を唱えるものを集団で冷笑する後ろ暗い信頼と希望である。

 ジッドはこの未来の状況もソ連において鋭く見据えている。貧しいことを罪として隠そうとし、それが知られると慈悲や援助を受けるどころか軽蔑されるのがオチであり、前に出てくる者はこの民衆の貧しさを犠牲にして安楽な生活を手に入れた者たちなのだ。しかし、そんなものたちに踏みつけにされているにもかかわらず、貧しいものたち――飢えに苦しんでいるような人でさえも――が、にこやかにしているのをたくさん見かける。彼らの幸福は「信頼と無知と希望とで」できているのだ。

 理想が無残にも崩れてゆく中にあって、それでもそれを見据えながら、作家の価値を「異議を申し立てる力」としたジッドは教えてくれる。大事なことは物事をそうであるとおりに見ることであって、こうであったらよかったのにという希望のとおりに見ることではない、と。そうであるとおりに見る、それはとても難しいことだ。そして、理想に魅入られるのでもなく、理想から目を逸らすのでもなく、そのとおり見据えた先に私たちが目指す希望をかける――そんなふうに果たしてできるだろうか。

 ジッドの旅行記は、今なお、我々を、我々自身がもつ「ソヴィエト」へと連れ出し、それを見据えるように促す。それははるか昔の、もしくは遠くの国のことではないのだ。