蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

島田荘司『Classical Fantasy Within 第八話 ハロゥウイン・ダンサー』

 

Classical Fantasy Within 第八話 ハロゥウイン・ダンサー (講談社BOX)

Classical Fantasy Within 第八話 ハロゥウイン・ダンサー (講談社BOX)

 

 島田荘司による(現時点で)未完の大河SFファンタジー、その第八巻目である。ちなみに私は最初から読んでなくて、いきなりこれから読みました。既刊が八巻で躊躇してて、独立した一巻で完結する話ということでまあ、手に取ったわけです。確かにこれ単体で完結していて、こちらから手に取っても構わないと思います。ミステリ作家らしいアプローチで、伏線を回収しつつ隠されていたSF的な世界が読者の目の前に開陳される――その構築性は著者ならではの剛腕で楽しめると思います。

あらすじ

  世界は滅び、かつてあった多くのものが失われた。風は止まり、雨は降り注ぐことなく、太陽がその本当の姿を現すことはない。鳥も獣も、その多くが姿を消した。かつてあった文明も。全ては神話の中に。しかし、それでも人間たちは生き残っていた。失われた文明を受け継ぐ神々の子孫として、世界が再び復活するその日まで、神々が住む聖地で生き残らなければならない。そのためには規律を守れ。疑問を持つな。与えられた仕事をこなし、決められたパートナーと子をなす。それがハロゥウイン・ダンサー市民の務めだ。

 自己を取り巻く小さな世界に対する疑問を持ちながらも、その聡さゆえに自分の中に押し込めてきた青年エドは、己が抱く疑問に正直で奔放な少女メラニーと出会い、彼女に惹かれてゆくうちに自身の疑問――ハロゥウイン・ダンサー市の秘密を追求し始める。何故自分たちが住む世界はそうなっているのか、謎の答えの一端を垣間見た彼らはしかし、それ以上を踏み込めなくなってしまう。そして時は流れ、人生の終わりにようやく彼らはすべての真実へと手を伸ばす。絶対に開けてはならないとされていた「雲の門」を抜けた二人に待ち受けていたのは――。

 

感想 ※ここからはネタバレ前提ですので注意

 

 本格ミステリ界の巨人らしくミステリとして謎を用意しつつ、しかし、この物語は問いかける。

 世界の真実を知ることに意味はあるのか? 

 二人の若者は世界が強要するルールや自分たちを取り巻く世界そのもの謎を追求する。だが、実のところその隠された真実は、全体の幸福のために存在し、それはむしろ知らない方がいいという種類の謎なのだ。しかも、最後二人は真実を希求することで死に至る。

 真実を知ることに意味はない。若き彼らは一旦はその真実の片鱗に触れ、挫折する。そしてハロゥウイン・ダンサー市の中に埋没し、多くの市民の一人としてその人生の大半を過ごす。しかし、人生の最後になって、再び真実への扉を――文字通り最大の禁忌とされる「雲の門」を目指すのだ。

 二人にとって真実そのものには意味はない。が、知ろうとすること自体には意味がある。かつての冒険、その若き日の輝きは二人にとって素晴らしいことには変わりはなかった。そして、人生の終わりに至り再びその輝きを取り戻すために、忘れていた最後の謎を求めて彼らは門をくぐり、そして死を迎える。

 この物語、島田荘司にしてはなんだか残酷な話だ。真実は二人を幸せにしたのか? それは分からない。ただ、世界に疑問を持ち共にそれを分かち合った。その瞬間だけは輝いていたのかもしれない。

 ミステリとしては、なかなか島田荘司らしい偶然の積み重ねが奇跡のような小宇宙を作り出す。船自体を深海に沈めることで出来上がる世界。海底に横たわる生命の小瓶という、その一点のイメージの力からすべてが広がってゆく物語づくりは著者の十八番といった感じだ。時間を途中で飛ばすことで、悲劇的な結末をある程度救っているーーある種の解放の物語としているのは著者のやさしさなのかもしれない。