蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

 『エラリー・クイーンの冒険』を読む。これ、なにげにすごいというか、初刊行時の序文に、これまで省かれていた「いかれたお茶会の冒険」(キ印ぞろいのお茶の会の冒険)を加え、まさに60年ぶりの新訳決定版ともいえる完全版は、もはや本国でもそう気軽には手に入るまい。クイーンの帝国たる本邦でしか手に入らないかもしれないピカピカの“新刊”をこう気軽に手に取れるのは、クイーンファンにとって素晴らしき幸運と言えよう。

 新訳だけあって読みやすい。そしてこの短編集がいかにバラエティに富み、比較的短い枚数で内容の濃いミステリを展開しているのかが改めて分かる。個人的には「ひげのある女の冒険」から「三人の足の悪い男の冒険」「みえない恋人の冒険」あたりの評価が上がったというか、内容がよく見えるようになった。

 個人的ツボは「ひげのある女の冒険」のダイイングメッセージのインスピレーションにきちんと伏線があるというか、そういうメッセージを残す前振りがきちんとあることがなかなかいい。「ガラスの丸天井付きの時計の冒険」にもそういうメッセージを残そうとする前段階のものがあってそれが同時に犯人指摘の手がかりになる、という点の抜かりなさとかやはりすごい。「丸天井は」正直そんなに好きではないのだが、しかしそのへんの仕込みは見事だ。

 なんといってもやはり手掛かりの豊富さというか、ロジックの展開の面白さが詰まっていて、そのためのシチュエーションづくりなど、簡潔で巧い。短編集の一つの理想的メルクマールだろう。やっぱクイーンはすごいと改めて惚れ直しましたね。「新・冒険」にも期待です。

 あと、やはり、ドイルやポーの影響というか、リスペクトがそこここに散りばめられ、そしてそれを彼らなりに変奏し、乗り越えようとする並々ならぬ意欲が伺えて、そこもまた、大きな注目ポイントでしょう。