蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

混沌ではなく混乱 いまさらなQ

今更なエヴァQ評。

事前にいとっきますが、僕はそもそもエヴァンゲリオンという作品にいい感情を持ってません。そういうわけで、内容としてはネガティブなものとなるので、そのつもりで。

まあ、僕のいいたいことはここのブログで言い尽くされているんで、盛大な蛇足、という感じなんですけどね。テレビ~旧劇場版については伊藤計劃エヴァ評で事足りる。

koeru.jp

 

ヱヴァンゲリヲン新劇場版Q。二十年以上前に一世を風靡したアニメ、その今更やってきた映画の三作目だ。

あらすじとかは省略する。一応劇場で見てからだいぶたった。当時覚えた真っ黒い負の感情はそれなりに消えたと思い、久しぶりにDVDで観たわけだ。

うん、微妙だね、コレ。スゲー微妙。というか退屈な映画だ。四回ぐらい一時停止してスマホいじったりしてしまうくらい普通に退屈な映画だった。

いやさ、まず前提的な問題として、抽象的な世界でキャラクターが抽象的なことをくっちゃべってる――そんなの面白いわけないじゃん。しかもみんながみんなだぜ。賢ぶるのもいい加減にしろよ。

まあ、今さらエヴァの抽象的で思わせぶりな会話なんて真面目に聞くつもりなんてないから軽くスルーするとしてさ、アニメーション的な快楽ほとんどないよね。冒頭からいつもの手管だ。

作戦手順の段取りセリフとガンガンなるストリングをアニメーションに重ねまくるいつものやつ。前二作はまがりなりにも物語を重ねていってそのピークとして持ってきたわけだけど、今回はそれしとけば君ら気持ちいいんでしょ、とばかりにそれだけやる。しかも冒頭の宇宙シーンに続けてヴンダー発進シーンと二回も。

同じような戦闘演出続けて二回もするんですよ。そんなの普通に考えて面白くなるわけないじゃないですか。だいたい監督二度目のヤマトごっこのヴンダー発進シーンだけどさ、ネタ元のヤマトや一回目のオマージュであるナディアのネオノーチラス号発進シーンだってそのシーンに至る前提があるわけじゃないですか。敵の強さ、切迫した状況、それらをきっちり積み上げなければ、アクションシーンは光らない。しかし、見事に何もない。

そんなの分かってないはずがないと思うのですが、なんかもう自分が気持ちいいとこだけやる。別に段取り省いたってヤマトだナディアだとファンが騒いでくれるだろうってとこなんでしょうか。だとしたらひどく怠惰な演出だし、客に甘えるのもいい加減にしろと言いたくはなります。ていうか、その時点でもう内輪向きですよそれ。

あと、とにかく使徒に魅力が皆無。こいつらに何か面白いギミックやインパクトのある姿があるとまだましだったと思うんですが、そろいもそろってアルミサエル以下。敵の能力や姿さえも抽象的ってもうなにをかいわんやですよ。

ラストの戦いも何だかこれといったインパクトはないし、二人ならできるよって、何ができるんだ? みたいな。描写不足もいいとこで、ダブルエントリーとやらも効果的な演出や物語性を引き出せていません。使い捨てギミックって感じでなんかもったいな。

 で、ストーリーはどうかというと、いろいろチグハグ極まりないが、とにかく次の最後のために落とせるだけ落としとこうということなんでしょうか。というか、それが目的化しておかしなことになっている。話が一方的にお前のせいだ、というふうにシンジを追い詰めてるだけで、観客が納得するだけの理屈を持てていません。肝心なとこがあやふやで、シンジが取り戻したいものが何なのかすらよく分からなくなっている。だいたい槍を抜けば世界は修復されるとかふわっとしすぎだろ。ちょっとは疑えよ。

そういえば、シンジがショックで頭グラグラするシーンは演出に工夫がなさすぎでヤバいです。ああ、いつものやつ(の劣化版)ね、くらいにしか思えないんですよ。ほんとそこはヤバかった。

そもそも抽象表現にメリハリがないんです。テレビシリーズでは、いわゆる精神世界はシンジがエヴァの中にいる時に展開されるという前提があって、そこで舞台劇的な演出が繰り広げられる、という境界線がきっちり引かれていました。しかし、この映画の中では、そこのメリハリが崩壊してて、ゲンドウを前にしたシンジの横で誰が操作してるのか分からないスポットライトがカチカチレイやカヲルを照らしたりする演劇演出なんかが平気でなされるし、そもそもが書割じみた背景ばっかりで、画面全体が抽象世界でしかない。そんなんだから世界が崩壊したとかいう話も抽象的過ぎて嘘臭さしか感じないんですよ。夢かこりゃ。

「混沌からモノは生まれるが混乱からは、何も生じない」という言葉にのっとるならば、この作品は混乱でしかない。作ってる側のやむにやまれぬカオスではなく、途方に暮れた混乱にしか僕には思えなかったし、監督しか、もしくは監督すら知らない作品世界にスタッフがついていきかねてるんじゃないかとすら思えた。

 あとさ、日本を代表する作画のスーパースターが集められているにもかかわらず、絵的な楽しさ、快楽が薄いってのもヤバい。ハッとするようなデザインや美術、シーンや動き、ほとんどないじゃないですか。書くものがないのかオブジェが少なすぎて画面がのっぺりしてて、それがまたこの作品の貧弱さに拍車をかけてるし。それがあえての演出? 冗談言うなよ、だとしたらつまんないだけじゃん。何描くか、ビジョンをきちんとみんなで共有できてるのか? そういう疑念しかわかない。

とにかく作品そのものの 行き詰まり感がすごくて、前二作を繰りかえすような演出が頻出するんですが、土台にしてるんじゃなくて、ネタとして消費して縮小再生産してるようにしかみえません。そもそも序も破も内容的には貧弱じゃないですか。まあ、いってみればまだ芽みたいなもんで、それをきちんと育てるべきところで逆に引っこ抜いてネタにしてる。どんだけ行き詰ってるんでしょうか。

キャラクターについては、一応注目していたマリ、見事にエヴァキャラになりました。オメデトー。そしてさようなら。エヴァキャラじゃないからキャラ立ちそうだったやつがエヴァキャラになってどうする。

〈勝手もいいですけど、エヴァにだけは乗らんといてくださいよ! ほんまかんべんしてほしいわ……〉

このセリフだけはなんかしみじみ共感しました。シンジ君にじゃなくて監督に向けてですが。ほんと、勘弁してほしいです。

その昔、旧劇場版を観た時、中学生の私が感じた感想が、「監督、たいへんそうだなあ」だったわけですが、Qを観た時もそう感じたんですよ。その瞬間、何でオレはいつまでもこの人に大変だなあ、と思わなきゃいけないわけ? と思って、すべてがすーっと覚めていったのが今でも思いだされますね。

いやまったく、勘弁してほしいです。