蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

ミステリ

ミステリ感想まとめ その8

赤川次郎『死者は空中を歩く』 死者は空中を歩く (徳間文庫) 作者:赤川次郎 徳間書店 Amazon 奇妙な作品というか。ベースは『そして誰もいなくなった』みたいなシチュエーションで、万華荘という富豪の住む屋敷に呼び出された人間たちがその当の富豪が自分を…

泡坂妻夫『雨女』

雨女 (光文社文庫) 作者:泡坂 妻夫 光文社 Amazon 「雨の女」「蘭の女」「三人目の女」の前半三作の「女シリーズ」(?)は、最近あまり見かけなくなったような気がするエロティックミステリ。とりあえず女の人が出てきてセックスするみたいなサービスシーン…

ディック・フランシス『度胸』

アート・マシューズが、ダンスタブル競馬場の下見所の中央で、一発の銃声とともに、あたりに血を飛び散らせて自殺を遂げた。 著者の第二作。1965年出版。 いきなりパドックで騎手が自殺するという衝撃の展開から幕を開け、まずは掴みはバッチリである。そし…

物語が悲しみで結晶するとき:ジェローム・ルブリ『魔王の島』

あらすじ 地方で新聞記者をしているサンドリーヌは、これまで一度も会ったことがない祖母の死の報を受け、同時に弁護士から祖母の住んでいた島に来てほしいと頼まれる。気が進まないサンドリーヌだが、上司に無理やり一週間の休暇を与えられ、その島に赴くこ…

ディック・フランシス『本命』

熱した馬体のにおいと河からたちのぼる冷たい霧が入り混じって私の鼻をついた。 ディック・フランシスの第一作。著者は元障害競馬の騎手で、その経験を生かした詳しい描写と迫真のレースシーンが作品の核となっている。あと、ディック・フランシスと言えば、…

エラリー・クイーン『フランス白粉の謎』/中村有希 訳

というわけで、創元推理文庫の国名シリーズ新訳第二弾の感想。 久々の再読でしたが、再読しても、というか再読の回数が増えるごとに楽しく読めています。この作品、初めて読んだのはたぶん『Xの悲劇』『エジプト十字架の謎』の次くらいだったと思うんですが…

H.H.ホームズ『密室の魔術師』

Introduction 評論家アントニー・バウチャーが手掛けたカーに捧げる一作。その文庫が最近、扶桑社から出た。 この作品は、エドワード・D・ホックがアメリカ、イギリス、スウェーデンの作家、編集者、批評家、ファンの計十七名からの好みの密室物と不可能犯罪…

G.K.チェスタトン『ブラウン神父の秘密』

シリーズ第四集。ここからは未読なので、そういう意味でも楽しみ。 これまでの感想はこちら kamiyamautou.hatenablog.com kamiyamautou.hatenablog.com kamiyamautou.hatenablog.com 「ブラウン神父の秘密」 第三集では姿を消していたブラウン神父の相棒、フ…

白井智之『名探偵のいけにえ』

白井智之によるホラー映画タイトルシリーズ(?)の第二弾。本作は、新興宗教という特殊な場を舞台にしているが、著者お得意のグロ系特殊設定や前作『名探偵のはらわた』のような超自然的な要素は特になく、あくまで読者の現実に近い範囲での本格ミステリと…

G.K.チュエスタトン『ブラウン神父の不信』

シリーズ第三集。ここまでは旧訳で読んだことがある。第二集が一九一四年発行で、今作は一九二六年と、実に十二年ぶりの作品集ということになる。第一次世界大戦後の作品集というのもなかなか気になるところ。 収録作については、これまで十二作ほどあったの…

ミステリ感想まとめ7

読了ミステリがたまっていたので、まとめて感想。だいぶ昔に読んだやつとか、書かないとどんどん忘れていくので、結構あいまいになっている。なるべくネガ評は避けたいが、合わないところは合わないという風に書いている。 聖者のかけら 作者:愛, 川添 新潮…

中町信『死の湖畔 Murder by The Lake 三部作#1 追憶(recollection)田沢湖からの手紙』

正式タイトルはなかなか長い。メインタイトルは『追憶(recollection)田沢湖からの手紙』で、死の湖畔――以下略)三部作の第一作という意味。旧題は『田沢湖殺人事件』。 中町信を読むのは、『模倣の殺意』以来、二作目。結構登場人物が多いが、それらもどん…

G.K.チェスタトン『ブラウン神父の知恵』

ブラウン神父シリーズの第二集。 第一集『ブラウン神父の童心』の感想はこちら kamiyamautou.hatenablog.com 「グラス氏の失踪」 若い女性から付き合っている青年の様子がおかしいと依頼を受ける神父。彼の部屋へ向かうとロープでグルグル巻きのうえ、あたり…

ディック・フランシス『興奮』

競走馬をモチーフにした某携帯アプリゲームをチマチマ頑張っている昨今、なんとなく敬遠していた大人気シリーズに手を出してみようという気分になった。 ディック・フランシスの競馬ミステリシリーズといえば、かつてその二文字タイトルが本屋の棚にずらっと…

G.K.チェスタトン『ブラウン神父の童心』

いくら自分の聖書を読んだところで、あらゆる他人の聖書を読んでみないかぎり、なんの役にも立たぬ―― 「折れた剣」より ブラウン神父って、なんか読みにくいなあーというのも少しあり、旧訳で第三集の不信ぐらいまでしか読んでなくて、せっかく新訳出てるし…

泡坂妻夫『煙の殺意』

泡坂妻夫の短編集を一つ選べと言われれば、基本選びきれないのではあるが、泡坂妻夫を知らない人に一冊勧めたいとしたら、そのミステリの魅力が凝縮したこれをまずはお勧めしたい。どれも高品質な短編で泡坂妻夫の短編と言えば、と挙がる短編も多い。という…

中西鼎『東京湾の向こうにある世界は、すべて造り物だと思う』

青春の死体を見せてあげましょう Impression 過ぎ去ったはずの青春、その残り香としての彼女。しかし、彼は彼女と触れ合っているうちに気がつく。青春は過ぎ去ったのではなく、自分はそこに取り残されてしまったのだと。これはそんな青春に本当の意味で別れ…

ミステリ感想まとめ6

読んで感想がなかなか書けないわけで、結構たまっていた感想をなんとかまとめてがさっと。そもそもがテーマだ切り口だと気を張るから書けなくなるわけで、そんなの気にせずにとりあえず思ったこと短く書けばいいとは思う。 模倣の殺意 (創元推理文庫) 作者:…

西澤保彦『幻視時代』

幻視時代 (中公文庫) 作者:西澤保彦 中央公論新社 Amazon 西澤保彦の真骨頂といえば、その意外な構図を明らかにする論理性、そして本書の解説で大矢博子氏が述べているように、動機ということになる。特に、西澤作品の動機は、犯人を始めとした人間の負の側…

マイケル・イネス『ある詩人への挽歌』

ある詩人への挽歌 (創元推理文庫 M イ 1-2) 作者:マイケル・イネス 東京創元社 Amazon マイケル・イネスといえば、ニコラス・ブレイクやヘレン・マクロイなんかと一緒にカーやクリスティ、クイーンの後継世代みたいな感じで、新本格とかつて言われていて、そ…

笹沢左保『突然の明日』感想

「いちばん恐ろしいのは、明日という日だな」 トクマの特選!による笹沢左保の名作発掘レーベル、有栖川有栖選 必読!Selectionの第三弾。平凡ともいえる家族の団欒にのぼった奇妙な人間消失の話。そして、そこから急直下、訪れる日常の崩壊。同じ明日が来る…

猥雑の中の哀切:嵯峨島昭『踊り子殺人事件』

※特にネタバレはしていないつもりです。 宇能鴻一郎という芥川賞作家にして著名なポルノ作家という存在を、ぼくは特に知らなかった。しかし、うすぼんやりとは意識するようにはなっていた。彼はミステリを書いていたからだ。そして、奇しくも彼が亡くなる直…

笹沢左保『空白の起点』感想

Impression 有栖川有栖選 必読! Selection2となる本作は著者の第五作(Introdactionには長編第五作というふうに書かれていたが、改めて調べると不明瞭なため削除)に当たる。 この作品も、Selection1の『招かれざる客』同様、ほの暗い風景がつきまとい、登…

法月綸太郎『犯罪ホロスコープⅠ 六人の女王の問題』

犯罪ホロスコープI 六人の女王の問題 (光文社文庫) 作者:法月 綸太郎 光文社 Amazon 久しぶりに再読。エラリー・クイーンによる十二か月のそれぞれに事件を割り当てた『犯罪カレンダー』に倣い、十二の星座とそれにまつわる神話をモチーフとした十二のミステ…

エラリー・クイーン『ローマ帽子の謎』/中村有希 訳

かなり久々に再読してみた。創元推理文庫の新訳版はやはり、読みやすいような気がする(まあ、こういうのは気のせいというのもあったりするのだが)。旧文庫版では省かれていた登場人物目録や劇場の見取り図などが今回ちゃんと入れられているのはうれしい。 …

そこにいたのは人か魔か:倉野憲比古『弔い月の下にて』

弔い月の下にて 作者:倉野憲比古 行舟文化 Amazon Impression 変格探偵小説という言葉がある。HONKAKU――本格ミステリが海外において日本独自の推理小説を語る言葉として「発見」される以前の探偵小説に、それはあった――黒岩涙香、江戸川乱歩、大下宇宇陀留に…

泡坂妻夫『蚊取湖殺人事件』感想

Impression 泡坂妻夫の2005年に刊行された最晩年期の短編集。泡坂ファンというか、濃いめのミステリファンには物足りないと言われているっぽいけど、軽く手に取れるように見えて、きちんとした職人技が織り込まれた短編たちだ。4編のミステリと奇術、そして…

笹沢左保『流れ舟は帰らず』感想

木枯し紋次郎――三度笠に長い楊枝をくわえ、口癖は「あっしには関わりのないことでござんす」――というドラマシリーズ、それが読む前の大まかなイメージというか、あいまいな情報でしかなく、私はこのシリーズが「必殺」や「子連れ狼」みたいなハードボイルド…

笹沢左保『招かれざる客』感想

有栖川有栖選 必読! Selection1 招かれざる客 (徳間文庫) 作者:笹沢左保 徳間書店 Amazon Impression かつて「新本格」、という言葉があった。というと、綾辻行人を嚆矢とするムーブメントが真っ先に思い浮かぶかもしれないが、それよりも前にその言葉を冠さ…

もうすぎちゃったけど、十二月十日、またふたたび黒鳥忌がやってきたということで、なんか中井英夫について書いてたっけと探したらメインで書いてたのは一つだけだった。 kamiyamautou.hatenablog.com 中井英夫というか『虚無への供物』についての思い出話み…