蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

物語り続ける、その後姿に。

 『白鯨伝説』というアニメを知っているだろうか。一九九七年から一九九九年にかけてNHK衛星第二で放送されたSF冒険アニメで、監督は『ガンバの冒険』や『エースをねらえ』OVA版の『ブラックジャック』などを手掛けた出崎統。タイトルの通り、メルヴィルの『白鯨』をモチーフにしている。

 当時のNHK衛星第二はアニメをたくさん放映していて、ガジェット警部やスプーンおばさんを食事時に観ていた。そして、モンタナ・ジョーンズと並んでよく覚えているのがこのアニメだった。

 ぼんやりとご飯を食べながらテレビを見ていた僕は、まずはそのオープニングのカッコよさに引き込まれた。白くて太いタイトル文字が出ると、荒々しい線で描かれたイメージボードのようなキャラクターや世界がOP曲「風と行く」とともにゆっくりと流れてゆく。はっきりとは分からないけれど、真っ白な鯨だけは目に焼き付くそのOPは今でも好きなOPだ。

 そして、今見てもそのクオリティの高い第一話の冒頭。子ども心にすごいな、と思いあの神々しいまでの白鯨の姿に圧倒された。そして、語り手のラッキー・ラックをはじめ、エイハブ船長や仲間たちの生き生きとした姿に夢中になった。

 物語ははるか未来。人類は宇宙に拡大し、そんな宇宙バブルというべき時代の遺産として使い捨てられた宇宙船が宇宙をただよい、それを鯨取りと呼ばれる廃品回収業者たちが競って回収し金に換えている。そんな荒くれ者たちの一団の一角、エイハブ一味に押し掛けたラッキー・ラック。ラッキーの故郷、惑星モアドは新型惑星開発弾の実験場として住民の強制退去が連邦政府によって進められていた。そのレジスタンスに力を貸してほしいと懇願するラッキー。当然嫌がるエイハブだが、連邦政府側の戦闘戦艦についての話を聞いて態度を一変させる「そいつ雪のように白かったか?」そうエイハブは声を張り上げる。彼の脳裏に浮かぶのはかつて自分の片目片足を奪った因縁の相手、超巨大戦艦『白鯨』の姿。運命――そうと言いようのないものに導かれ、エイハブは再び白鯨にまみえるべく惑星モアドへと向かう……。

 ――てな感じの話なのだが、この作品、めちゃくちゃ総集編をやっていたことで有名で、またかーと思いつつ、それでも毎回欠かさず観ていたのだった。しかし、全三十九話の予定は結局二十六話に短縮され、制作会社は倒産し、第十八話でいったん打ち切りとなる。そんなすったもんだのあげく、虫プロ制作でようやく残りの八話が制作されて完結した。

 僕が残りの八話を視聴したのは結構あとになってから。DVDで視聴した。結局打ち切りみたいになって終わったという理解で、残りが制作されたことは知らなかった。だから、驚きとともに、その最後がどうなるのかという期待を胸にディスクをセットした。

 当時からたぶん十年近くたっていたと思うけど、変わらず彼らはそこに居て、そして変わらず面白かった。出崎監督は時間がかかっても物語を語り終えようとしてくれていた。いいぞ、すごいぞ、しかし、ラスト三話あたりからこれ終るんだろうか、という疑問が頭をもたげ始めた。あと二話、あと一話、これは……あとBパートしかないぞ……!

 そして、最終話が終わる。ギリギリ、終りの終わりまで、ペンを走らせるようにして出崎監督は物語り続けた。制作状況の悪化に伴う大幅な話数の短縮で、満足のいく形ではなかっただろう。実際、物語はエイハブ船長と白鯨の決着を語れるかどうかすら怪しくなっていた。そのあまりにも足りない余白にしかし、監督は――出崎統は物語を描き続けた。

 いろんな事情で最後がわやになるアニメは多い。そのまま低い点数になるくらいなら、いっそ0点を取るとか、答案用紙をビリビリにするとか、そういう「ずるい」やり方でインパクトを残す選択肢だってあるだろう。しかし、最後の最後までペンを走らせる。物語ることを放棄することなく、登場人物たちの姿を語り切ろうとすることを監督は選んだ。

 そして、僕はラストの壮絶な流れとエイハブの慟哭と同じくらいに、その監督の語り切ろうとする意志に心を動かされた。エイハブたちの物語は終わっていないのかもしれない、しかし、監督は全身全霊をもって語ろうとし、最後の瞬間まで彼らと向き合い、そして課せられた制約の中、物語なるものに立ち向かい続けた。

 白鯨伝説、その物語に焼き付いているのは、そんな僕にとっての物語る者の後ろ姿だ。

 

 

とりあえずこのゲロかっこいいOPと第一話を見てくればそれでいい。


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