蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

魂の行方:筒城灯士郎『世界樹の棺』

恋を成就させたいのに自ら失恋に向かっていく人も……世の中にはいると思うんです。

世界樹の棺 (星海社FICTIONS)

 今年の本格ミステリで一番好きかもしれない。そんな作品に出会えました。まあ、なんというか波長が合う、完全に好みに合致した感じなので、広く勧められるかというと、ちょっとわからなところはありますが。とにかく、私は面白いと思ったし好きですね。

 著者はあの筒井康隆が書いたラノベビアンカ・オーバースタディ』の続編を第18回星海社FICTIONS新人賞に送ってそのまま受賞しちゃったという、なんかすごい経緯の作品、『ビアンカ・オーバーステップ』でデビューを果たし、今作が第二作目となります。SF方面の人かと思ってましたが、本格ミステリのセンスも十分あるようです。必要な情報が出そろってからの、“読者への挑戦”もあり、それに見合うだけの推理がきちんと待っています。本格ファンとしては、読み逃してはならない作品だと思いますね。おススメです。

 本作は、一見してファンタジーな世界でSFな要素を絡めつつ、密室殺人を中心にしたミステリ――かつ、ミステリとして収束することがより大きな世界のビジョンを解放する形になっていて、それぞれのジャンルが絡み合って、一つの物語世界を構築しています。

 基本的にミステリ読みの自分としては、謎解きによって人の外、もしくは内側の世界を一変させる、今まで観ていた世界を越境すること――そういう要素が好みなので自分の琴線にめちゃくちゃ刺さりました。

 おぞましさも、哀切さも、すべて飲み込んで、彼女の日常は続いてゆくのだろう。天国と地獄が重ね合わされたような読後感はなかなか後を引きますし、この物語の構造は、一読だとなかなか全容をつかみづらく、再読することでより詳しく理解したいという欲求が起こります。そして、もう一度初めから読んでみることでより理解が深まるところがあると思いますので、再読必至な物語と言えるでしょう。

 あと、この作品はいわゆる百合というやつです。壮大すぎる百合なので、百合好きはマストバイ。百合ミス好きはこれを読む&推さない手はないと思うので、それを自任してる人たちはぜひぜひこの作品を読んで広めて欲しい所です。

あらすじ 

 とある小国で恋塚愛埋はメイドとして仕えている。ある日彼女は”相棒”のハカセとともに〈古代人形〉たちが住む〈世界樹の苗木〉の調査に出向く。これまで交易していた〈古代人形〉たちが何故か姿を消してしまったというのだ。世界樹を調査し、交易屋を探せ――それが国王が二人に発した勅令だ。〈古代人形〉たちが中に入るのを禁止していた内奥へと足を進める恋塚と博士。彼らはそこで、棺を運んでいる少女たちと出くわす。

 彼女らの住処に案内された恋塚と博士。〈古代人形〉の行方は少女たちも知らないらしい。恋塚らの街に住んでいたという少女たちは、なんとなく気がついたら、苗木の中の館で暮らしていたという。守衛がいるはずの関所をどうやってくぐったのか……彼女らを不審に思いつつ、すすめられるままその館で一夜を過ごすことにする恋塚とハカセ。そして事件が起きる。年長で一人だけ名前すら明かさなかった茶髪の女性が殺され、しかも入り口の鍵がなくなり、彼らは館に閉じ込められてしまう。事態の打開を図る恋塚とハカセだが、やがて第二の殺人が。

 事件を解明しようと乗り出す恋塚とハカセは、館に隠されていた世界の秘密にふれ、ついに二人は事件の真相に到達する。そして、よりおぞましい世界の「真実」が姿を現す……。

 

感想

 お姫様とメイド(恋塚)のパートとメイド(恋塚)とハカセのパートがカットバックで語られていくわけなのですが、一国の存亡がかかる不穏な空気が横溢するお姫様パートと、密室殺人を中心にしたミステリのパート。二つのパートはそこにまたがって登場する恋塚をはじめ、どこか共通する部分がありながら、しかし何かが決定的に違う違和感を纏い、それぞれの物語は進んでゆきます。その二つの物語は、一体何なのか。それを結びつけるのが、恋塚とハカセが遭遇した殺人事件です。人間そっくりの〈古代人形〉なのではないか、という疑いがぬぐえない六人の女性たち――殺されたのは、殺したのは、果たして人間なのか、古代人形なのか。

 まず、この古代人形という人間そっくりの存在と、そこに組み込まれた特殊設定が作り出す事件はがっつり本格ミステリなロジックが支えています。恋塚とハカセは一つ一つ仮説を組んでは状況に否定され、試行錯誤しながら真実に迫ってゆきます。その過程が面白くできていてよい。メインとなる第二の事件は、一見何てことなさそうな状況ですが、証言や状況を整理することで、簡単に見えた事件が密室殺人へと謎が深まってしまうという展開で、とてもいい。こういう何てことなさそうな所から謎がより手強くなる演出は、著者にきちんとしたミステリのセンスがあることをうかがわせます。そして、上手くいくかに見えた推理が、あと一歩およばず、真実がすり抜けてからがまた、ワクワクさせられます。

 本作のミステリ部分は特殊設定を軸にしたものですが、その設定を特殊なロジックというよりは、ごく当たり前の人間のレベルに落とし込んで展開させ、状況を再構成しつつ真相を明らかにしていきます。状況の理由がパズルのピースがハマっていくように再構成されてゆくさまがとても気持ちいい。

 そして、事件が解決されるとともに、もう一つのパートである、姫とメイドのパートが大きな意味を持ってきます。帝国が狙う世界樹の棺、それを持ち出した彼女たちの逃亡劇の果て。棺の中にある物が姿を現し、それまでの物語の「真実」が姿を現します。このスケール感がすごく、物語が統合されることで、新たな物語が顔を出す構成はある種のカタルシスがあり、本当に素晴らしい。前述しましたが、事件の謎ときが世界の謎ときに連動して、読者が物語を越境する感覚は個人的に大好物なので、大いに堪能しましたし、そういうものが好きな人に特に勧めたいところです。

 

 

※ 以下はネタバレ込みのメモみたいなものなので、特に目を通す必要はないです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミステリ的には、 犯人を見たけど憶えていない、という京極夏彦の作品をSF的な解釈で成立させた作品でもあるだろう。

人形の機能

 ●〈創造主の安眠〉:アンドロイドが自分のことをアンドロイドではなく、人間だと思い込むこと

●〈ケッコンシステム〉:人間の魂をアンドロイドに移すシステム。

人間から人形に魂を移し替えられる。人形から人形も可。

魂を移し替えられた人間+人形は「人間」としてふるまう。

 

◇恋塚ーハカセパート (以下ハカセパート)

時系列:以後(おそらく)

キャラクター

恋塚ー人形(姫の魂) 博士ー人形(旧世代のメカ) アンリ(人間) インビ(人形) ウロン=吸魂の巨人 フメイ(人形) ホノカ(人形) グレイ(人間:帝国兵)

 

◇恋塚ー姫パート (以下姫パート)

時系列:以前(おそらく)

キャラクター

恋塚=人形(姫の妹の魂)姫(人間)ハカセ(メカ?)ラインハルト(人間?) 長(?)

 

  ■恋塚の流れ

  1. 恋塚はもともと、人工呼吸で姫の妹を助けようとした際に、姫の妹の魂を取り込んでいる。
  2. 姫パート(以前)に棺から出てきた吸魂の巨人(ウロン)に魂を捧げて帝国兵の殲滅を願う。吸魂の巨人は魂をエネルギーに力を使うため、恋塚の(姫の妹)魂は消滅したと思われる。
  3. その後、姫が恋塚の抜け殻にキスすることで、恋塚(姫の魂)になった。P303:「そのときは、しょうがないから、『眠れる森の美女』みたいに、わたしがあなたの王子になって、キスしてあげるわ」

 

気になる点

クリスタルの短剣:姫パート(以前)で壊れているが、ハカセパート(以後)では恋塚が変わらず磨いている。恐らく、人形の恋塚が壊れていると認識せずに「いつもの通り」磨いている。つまり、以前と以後で恋塚の中身(魂)が入れ替わっているということか。

傘山教:空を覆う赤いカーテンを遮断して、通常の空を見せているらしい。帝国の首都にあるらしいので、帝国もやはり、人間多数の国家なのか。

世界樹の苗木の長:こいづかと名乗る彼は何者だったのか? 個人的には一番の謎。彼は何者だったんだろう。彼の「血」が剣を急激にさび付かせているため、人間とは思えないが……。恋塚シリーズというか、“恋塚”というのはメーカー名なのか?

世界樹の木の苗木からなぜ〈古代人形はいなくなったのか〉:世界樹で交易していた方が人間だった? 外の人形たちに魂を移すことでいなくなった?(それだと死体が出ていないのが奇妙だが)

インビら6人はどうやって世界樹の苗木の中に入れたのか:グレイはもともといたとしても、残りの五人はどうやって門番を通過したのか。

なかなか説明が付けづらい所もあるので、正直他の人の解釈を読みたい。あと、ここ読み落としてるよ、という指摘があればぜひお願いしたいです。

 

 あと、二度目の巨人兵器との戦い、ということなのだが、果たしてそれは本当なんだろうか。もしかしたらこれを繰り返しているのではないか? 例えばマトリックスのシステム化されたザイオンのような。恋塚とハカセのフェーズは果たして何番目なんだろうか……という思いもよぎるが、正確なことは分からない。