蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

狂気が見た白昼夢:映画『まぼろしの市街戦』

 

  名前は聞いていたけど、観たことがなかった映画。今回、デジタル修復版が出て、気軽にに観れるようになって、ようやく鑑賞を果たせました。

 あらすじ

 第一次世界大戦後期、ドイツ軍が占領していたとあるフランスの町。劣勢により、ドイツ軍は街を撤退することにするが、彼らの後にそこを占領することになるイギリス・スコットランド軍を吹き飛ばそうとコンクリートで固めた火薬庫に時限装置の仕掛けを施す。街のレジスタンスがそれを察知し、連絡を試みるが、肝心の仕掛けについて言及する前に撃たれ息絶えてしまう。

 街に爆弾があることはわかった。しかし、それがどんなものなのかは分からない。イギリス・スコットランド軍は、爆弾の詳細とその解除のために、一人の通信兵を街に先行させることにする。フランス語が喋れるということでその任務にあてられた二等兵プランピックは、相棒の伝書鳩を入れた籠を片手に街へと向かう。

 街はドイツ軍が撤退し、住人達も避難した後でもぬけの殻のようになっていた。しかし、まだそこに残された人々がいた。精神病院に残されていた人々だ。街に潜入したプランピックは、最後まで居残っていたドイツ兵らに追われ、その精神病院に逃げ込み、なんとか彼らをやり過ごす。その際、名前を問われてハートのキングと答えたところ、それを聞いていた精神病院の人々に王として担ぎ出され、人のいなくなった街でパレードを行いながら教会へ向かい、戴冠式を行うことに。

 ひたすら戸惑うプランピックだが、自身を王と無邪気に慕う彼らや一目ぼれしたコクリコという少女たちとの、戦争から無縁なひと時を楽しむようになり、また彼らに親しみを抱く。

 街に仕掛けられた爆弾の存在するところは判明するが、それを起爆させる時限装置は分からない。ただ、起爆するのは恐らく日付が変わるころだとは判明する。とりあえずみなを街の外に連れ出そうと煽り、先導するプランピックだが、彼らは街から出ようとしない。街の外には野獣がいる、そう彼らは主張し、戻ってしまう。そんな彼らを見て、プランピックは一人で出ていこうとするも、出来ず彼もまた街へと戻る。最後を彼らと過ごそう――プランピックはそう決心する。

 最後の夜、彼はコクリコと過ごす。時間はあと三分。「無限の三分だわ」そう言うコクリコに微笑むプランピック。しかし、その次に言ったコクリコの言葉が、ついに彼に起爆装置の場所をひらめかせる。そしてプランピックはその場所――騎士が鐘を叩く時計塔へと走るのだった。

 

感想

 戦争というのは、巨大な精神病院みたいなものなのだ。この映画は、そう言って戦争を嗤う。チャップリンの『独裁者』は文字通り独裁者を嗤いのめしていたが、ラストの戦争についての演説はかなり真面目だ。それに対してこの映画は最後まで戦争を嗤い続ける。

 戦争という非日常が日常に変わり、異常は正常へと変わる。そんな中でも精神病院に閉じ込められていた「異常者」たちは、街から彼ら以外がいなくなることで、戦争という異常の空白地帯になった街に出る。戦争という日常にぽっかり空いた平和な街という非日常な場所は、そっくりそのまま患者たちのいる場所となる。

 患者たちは、その街で思い思いの服装を着て街の中でパレードを行う。司祭や伯爵、将軍や娼館のマダム。そして主人公は王様の格好。どこか古臭い格好だ。そして、どこかサーカスめいた雰囲気も漂う。実際、クマやチンパンジー、ライオンといったサーカスの動物たちが闊歩していたりする。あくまでそこは「非日常」の場所なのだ。

 プランピックは、兵士という服装を王のそれで上書きされることで、街の人々の中に入る。そして、いったん兵士としての自分に戻るが、それを捨て去り何者でもないプランピック自身として、彼らの中に入ってゆく。世界が狂気と化した時、狂人の居場所とされた場所が、まともな場所として逆転する。殺し合いをする方がよっぽど狂っている。最後に素っ裸のプランピックが、精神病院の鉄柵の前に鳥籠を持って佇む姿はすごく象徴的だ。その鳥籠の中に入っているのは“平和”の象徴であるハトなのだ。

 狂人たちに呆れられる世界は、しかしその後、史実として第二次世界大戦というより悲惨な狂気を呼び込むことになる。精神病院のなかに帰れた人々も、やがて、彼らこそ率先して迫害され、収容所という狂気の中の狂気へと追いやられるだろう――この映画の冒頭で出てきた滑稽な「伍長」によって。歴史のことを考えると、この一瞬だけ現れた白昼夢のようなその光景のはかなさが、一層際立つような気がして、美しく滑稽だけどどこかやるせない思いもまた、押し寄せてくるのだ。

 それにしても、戦時中に突如出現する祝祭空間の雰囲気はすごくいい。CGとかではなく、実際にある街並みと人々の衣装と音楽によって、どこか不思議な空気感が醸成されていて、その白昼夢感がたまらない。そして、美しさを感じさせるカメラ。その何とも言えない映像を観るだけでも見る価値はある。というわけで、観ていなければぜひ。