蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

喧騒と静寂、新しい時代と去りゆく者たち:映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』

ウエスタン [DVD]

 Once upon a time in the west――むかしむかし、西部で。

 『ウエスタン』という邦題で親しまれてきたセルジオ・レオーネの一大叙事詩であります。そして今現在、そのオリジナル版が日本初公開で劇場にかかっているのです。一応、2時間45分版のそのオリジナルはDVDで観ることことはできます。が、劇場で観れるのなら観た方がいい映画。私も正直劇場で観たい。しかし、残念ながら文化的な僻地であるため、私の住むところで劇場公開はしていない(涙)。

 そういうけで、観たい!……という気持ちを押し殺し、DVDを観た。今回はそんな気分の話であります。

 セルジオ・レオーネと言えば、説明するまでもなく、いわゆるマカロニウエスタンをジャンルとして確立し、そしてあのクリント・イーストウッドを「西部の魂」として生み出した男。ドル箱三部作と言われる『荒野の用心棒』『夕陽のガンマン』『続・夕陽のガンマン』を撮り終えたレオーネは、前三作でやりつくしたマカロニ・ウエスタンとは、雰囲気をがらりと変え、歴史を切り取るようなイタリア製西部劇を作り上げました。それがこの、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』なのです。

 もともとレオーネは、マカロニ以前にブームだったイタリア史劇映画のなか『ポンペイ最後の日』や『ロード島の要塞』などの作品を撮っていて、彼はもともと歴史からスタートしているのです。そして、ドル箱三部作の『続・夕陽のガンマン』にも南北戦争という形で、歴史というものが埋め込まれている。

 

レオーネのスタイルと歴史

 レオーネのスタイルといえば、顔の両目部分を四角く切り取ったような極端なクロースアップと、これまた人が豆粒にしか見えない極端なロングショットという組み合わせが特徴であり、その個人のクロースアップとそれが風景に溶けるようなロングショットが演出を越え、個人とその人が佇む時代という対比に至ります。その萌芽が、『続・夕陽のガンマン』であり、そこでは三人の無頼漢たちが南北戦争時代を駆けずり回る財宝探し、という形でカメラはその時代の中に浮かぶ人間たちを映し始めていきました。

 そして、レオーネがその構図を自覚的に発揮し始める作品がこの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』。時代は西部開拓時代の終焉。鉄道が西部に伸び、移民にとっての未知のフロンティアという場所がなくなってゆく時代。ガンマンではなく、事業者たちの、そして彼らに雇われる労働者たちの時代。そんなガンマンたちの風景の終りに、ハーモニカと呼ばれる名無しのガンマンが、文字通りハーモニカで挽歌を奏でる、そんな映画。そして、西部劇をオペラにしたというレオーネ節がそこかしこで観る者を引き込む素晴らしい一大叙事詩となっているのです。

 

 その評価

 この映画は、製作費500万ドルをかけた超大作ではありましたが、アメリカではドル箱三部作的なマカロニウエスタンを期待されたこともあり、興行的には失敗。評価もその前の三作同様、散々なものでした。一方、ヨーロッパではイタリア、そしてフランスで興行的な成功をおさめましたが、評価という面では同様に時間がかかりました。それは、同時代というよりは、その影響を受けた映画人たちが出てくるまで待たなければならなかったのです。日本でもヒットはしたものの、再評価には時間がかかりました。特にマカロニ・ウエスタンファンはジャンルにこだわるがゆえに芳しい評価はなかったように思います。自分がマカロニにはまってこの映画を観て、ネットや書籍で見た限りでは、マカロニファンからはけちょんけちょんか無視されていましたね。確かに、「マカロニ・ウエスタン」として観れば、時間は異様に長いし、展開は遅いし、キッチュな楽しさや露悪的な残虐性は乏しいです。しかし、この映画は映画としてものすごく雄大で、豊かで、そしてその映像を観る喜びに満ち溢れています。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』、それはマカロニ・ウエスタンというジャンルから生まれた、一つの偉大な映画として歴史に名を刻んでいます。

 

その主人公たち

 この作品は『続・夕陽のガンマン』同様、三人の主人公が出てきますが、前作と違う所はメインの主人公が女性であるということでしょう。マカロニウエスタン、いや西部劇としても珍しい女性が主人公なのです。それも女ガンマンというわけじゃなくて、一人の西部で生きることになった女性。クラウディア・カルディナーレ演じるジル。彼女がこの映画の主人公であり、チャールズ・ブロンソン演じる“ハーモニカ”やジェイソン・ロバーズ演じるシャイアンは二人で彼女のコインの裏という形をとります。

 新しい時代の象徴である、カルディナーレのジル。そして、終わりゆく時代をブロンソンやロバーズ、そしてヘンリー・フォンダらが演じるガンマンたちが象徴しています。

 ジルは女性で、“ハーモニカ”は先住民族、そしてなんとなくシャイアンはメキシカンっぽい。なんというか、マイノリティたちの映画、という気もしますね。

 

 とにかく音楽がヤバイ

 やっぱエンニオ・モリコーネの音楽ですよ。映画は半分が音楽というふうに言われたりしますが、この映画の音楽はとにかくヤバイ。その挿入するタイミング、そして音楽がやむタイミング――その瞬間にも注目です。特にジルが駅に着いてからのシーン、フォンダ演じるフランクがマクベイン一家の前に現れるシーンそして、ラストの決闘とジルが労働者たち水を配るシーンは最高すぎて涙出てきます。そして、音楽が鳴っていないシーンもすごい。特によく言われるのがあの冒頭の“ハーモニカ”が現れるまで。自然の音――風や風車、帽子に滴る水、そしてハエの羽音。様々な自然の音とそして静寂。標的を待つ男たちのジリジリとした焦燥が表現された素晴らしいシーンですね。

 

 改めてDVDを観て、その感想

 冒頭から、ジルが砂漠の途上にある酒場に到着するまではとんでもなく神がかってますね。もうほんとすごすぎる。ガンマンたちのセリフの応酬(「俺の馬がないな」「どうやら一頭足りねえようだ」「いや、二頭あまる」)からの決闘シーン。あのカッコよさ! なんといっても線路の前のブロンソンとダスターコートの刺客たちを背後から収める構図とカメラワークの見事さ!

 それから、駅につき、迎えがなく駅舎の中、マクベイン一家への道筋を訪ねるジル。その彼女を窓の外から収め、彼女が出ていくのに合わせてクレーンがアップし、開発中の町を収めるあのシーンは思わず涙ぐむくらい素晴らしいのです。(バック・トウ・ザ・フューチャー3でゼメキスが丸々同じことしてましたが、感動の面では及びません)ちなみに、ジルが到着した時のあの町は本物らしいです。馬車での移動時は張りぼてらしいのですが。あの町で25万ドルを使い、それは『荒野の用心棒』の制作費とほぼ同等だったとか。

 フランク一味がマクベイン一家を皆殺しにするシーンもすごいのだ。“いい人”を演じることが多かったヘンリー・フォンダのあの冷酷さが、当時アメリカでは相当なショッキングで、少年に銃を向けるシーンはアメリカ公開時はカットされたとか。一瞬の静寂から始まる悲劇と、荒野の向こうからやってくる悪魔たち。また、途中ハーモニカの回想としてインサートされる「砂漠の向こうからやってくる悪魔」の、あのゆらゆらと揺れる姿も素晴らしい場面の一つでしょう。まあホント、すごいシーン、素晴らしいシーンで満ちています。

 それから、開発中の町ですが、様々な人が行き来し、エネルギーを感じさせ、予算を感じさせるゴージャスなシーンも見どころですが、汽車が駅につき、人々の流れ、その喧騒が引いたどこか寂しい瞬間。そこがまたいいのです。この映画には、こういう静と動というか、一瞬の熱とそれが去る寂寥感が織り込まれ、それが、新しい時代の到来と去りゆくものの姿を映し出してゆきます。

 レオーネ念願のモニュメントバレーで撮影されたシーンもその雄大さが画面からガシガシ伝わってきて、そこでも何故かちょっと泣きました。ああ、スクリーンで観たい。

 とにかく、映像を観る喜び、楽しさに満ちていて、音楽の使い方も併せて、マジで泣きます。加齢で涙腺緩んでるのと自分のすぐ泣く性質も相まって、ラストは目が痛かったです。これぞ最高のピストル・オペラ。

 ただ、素晴らしいシーンが横溢している反面、正直、完ぺきとは言い難い映画だとは思います。特に中盤は、時系列がよく分からないシーンや混乱させるだけのシーンがあったり(特にジルとフランクのラブシーンとか、フランクがモートンを弄る謎なシーンとか)。異様に丁寧な序盤と最後の最後に比べて、中盤――ハーモニカ救出シーン以降はモートンの鉄道の位置とか、シャイアンの捕まって以降の行動の描かれなさとか、もう少し編集のしようがあったのではないかという部分はあります。が、そんなことはどうでもいいのです。

 とにかく、一度は見てほしいマカロニウエスタンの、西部劇の一大傑作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』。近くの劇場でかかっているのならぜひ。私の代わりに観に行ってください(涙)。

 

余談

 このような“ガンマンの時代の終り”を描いたマカロニとしては、本作の他に音楽をモリコーネ、レオーネが原案(一部演出をしたという“伝説”も)である『ミスター・ノーボディ』が印象深い。こちらは、終わりゆくガンマンの時代を、新旧のガンマン――若者と老人(ヘンリー・フォンダ)の姿を中心に描いていて、伝説のガンマン――その最後の伝説を、時代に乗り遅れてしまった若いガンマンが見届ける。それを、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』とは違い、どこか軽やかな感じで描いた作品です。「ワンス~」の後に観てみるのも一興でしょう。 

  ニコニコで見つけた映像が超カッコ良かったので載せときます。アレンジされたテーマも素晴らしすぎ。