蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

ウマ娘プリティーダービー 『BNWの誓い』感想

 三周ほどしましたし、BNWの誓い――ウマ箱四巻に収録されているOVA新作三話についての感想を。筋に沿って語るため、ネタバレ前提なのでそのつもりで。まあでも、映像的な情報や楽しみが盛りだくさんなので、話の筋を知ってもその面白さは変わらないと思います。ほんと、噛めば噛むほどといいますか、クセになる情報量なので、何度も観ちゃいますね。

 私は特に競馬はやらないし、知識もアニメ観てからネットでちょこちょこ調べたくらいの知識しかないので、まあ、そういう人間の感想です。

 

 BNW――ビワハヤヒデナリタタイシンウイニングチケット。一九九三年の三冠戦線で皐月賞日本ダービー菊花賞をそれぞれ分け合い、三強と並び称された馬たちがモデルのウマ娘たちを中心としたこの話は、『ウマ娘 プリティーダービー』というアニメの、そのテレビシリーズにあった魅力がぎゅっと詰まった作品となっています。

 まずはそのキャラクター。実在の、または実在した競走馬たちをモチーフに、どのような形で女の子としてキャラクター化されているか。そしてそのキャラクターたちが繰り広げる、ギャグを取り混ぜた学園ものとしての日常。さらに、キャラクターとともに盛り込まれたのが、ウイニングライブというアイドル要素――主にキャラクターソング。それからこのアニメの魅力の中核をなすのが、個別の勝負服(G1レース以外は体操服)でそれぞれが走った史実を再現する形で走るレース。そしてなによりこのアニメの、アニメだからできること――その競走馬たちのifのレース。

 テレビシリーズが、サイレンススズカの復帰を描いたように、この『BNWの誓い』もそのifを中心に、というかifに向かって描かれます。

 三冠を分け合い、三強と言われたBNWですが、史実では菊花賞を最後に三頭がともに走ることはなく、一九九四年の秋の天皇賞ビワハヤヒデウイニングチケットがそれぞれ一番人気、二番人気で出走するも5着、8着と敗れ、そのまま怪我で引退してしまいます。ナリタタイシンも怪我で思うように出走できず翌年に引退。三頭が三強とばれた期間はとても短かった――そこから、このアニメのifは出発しています。

 ストーリーの始まりは史実においてその三強が終わってしまった秋の天皇賞あとから。それぞれのケガが癒え、再び三人で走る大阪杯に向かうはずのBNW。しかし、彼女たちはどこかぎくしゃくしたまま、お互いを避け続けていた。そんな彼女たちを危惧した生徒会はファン感謝祭の目玉として、三人をチームリーダーとしたチーム対抗駅伝大会を企画、(トレーナのくじ運の悪さで)感謝祭の実行委員に選ばれていたチーム<スピカ>が三人の説得に向かう(スイーツ一年分につられて)……というのが第一話の流れです。

 第一話は感謝祭準備期間、ということで学園祭的なノリの中、テレビシリーズ未登場だったウマ娘たちが多数登場します。次々と登場するウマ娘たちを観てるだけでも楽しいですね。そういえば、ファン感謝祭という名目で実質学園祭を割と任意に描けるのはなかなか強い設定なのでは、と思ったり。

 そんな初登場や再登場のウマ娘たちの間を縫いつつ、BNWの駅伝参加へと説得を試みるスピカメンバーが中心的に描かれていきます。先に言ってしまうと、このテレビシリーズ最終話からの流れで、メインフォーカスがスピカ、そこからBNWの三人へと移ってゆく展開がかなり自然に描かれていて、その構成がなかなか巧いです。

 元々かつての三人のように戻りたいと思っていたビワハヤヒデは、積極的に駅伝の企画を承諾、ついでウイニングチケットスペシャルウィークの説得(?)で参加を表明。ウイニングチケットが迷っていた理由は、怪我が治ったといえ、もし全力を出せなかったらほかの二人に申し訳ない、というある種の遠慮的なものに起因しています。ライバルに対する思い。それはスペシャルウィークサイレンススズカへの思い――そのまっすぐさで解くことができた。

 しかし、それとはまた違った、テレビシリーズにはない形で迷いに囚われているのがナリタタイシンで、第二話はそんな彼女の迷い――いや、恐怖に焦点が当たります。

 スペシャルウィークが主役であったテレビシリーズは、彼女の夢をメインに描き、レースはその夢を叶える場として描かれました。その中である意味、注意深く省かれていたのが、外部の視線――レースを観る人々の期待、そして失望の視線。ナリタタイシンは彼女が勝てなかったレースで人々の失望の視線を目の当たりにし、期待を裏切ることへの恐怖、そして、そこから自分自身を信じられなくなっていました(このレースは恐らくナリタタイシン最後のレース、そして16着と惨敗した一九九五年の宝塚記念がモチーフだとおもわれます)。

 引退を口にするほど彼女の意思は固く、見切り発車で進んでいた駅伝企画に暗雲が立ち込めます。この辺、タイムリミットサスペンス的になり、緊張感が高まります。ファンの期待を裏切る、という恐怖はスピカの面々にはないので、説得することができません(特にゴールドシップがメインで当たっているのは相性が悪すぎる……)。いったい誰が自分のことを待っているの? という思いにとらわれた彼女の前に現れるのが、ビワハヤヒデの妹(元の馬は弟ですが)であるナリタブライアン。彼女もまた、一時期怪我で低迷し、ファンの期待に応えられず、引退を考えたこともあったと語ります。しかし、阪神大賞典マヤノトップガンを僅差で下しての復活。その時に、自分は雑音になるものを見ないように、聞かないようにしてきた、しかし自分が見ないよう、聞かないようとしてきたものの中に、大切なものがあったと語り、タイシンに復帰を促します。姉は、そして私も信じている、と。

 その際、ナリタブライアンを介してビワハヤヒデが雨のなか探していた四葉のクローバーのお守りを手渡します。「みんな待ってる」と添えられたそれがタイシンの心を動かします。しかし、それでも彼女の「みんな」に対する恐怖は消えません。「私が私を信じられない」という言葉とともに涙をこぼすタイシン。もう少し、あと少しの勇気が欲しい。

 そんな彼女の背中を最終的に押すのはやはり友人であり、ライバルでもあるビワハヤヒデウイニングチケット。彼女たちが呼びかけることでタイシンは走り出します。そのほかの「みんな」の期待は裏切ったとしても、彼女たちの期待は裏切れない。彼女が走り出すところで第二話が終了。走り出してから、EDの歌詞につなげる演出はなかなかニクイというか良いですね。

 そして第三話。なんとか駅伝最終区にタスキが届く前にタイシンが到着したのも束の間、雨のなか四葉のクローバーを探していたことが原因となり、ビワハヤヒデが熱発で倒れてしまいます。駅伝は最終区前の第六区で中止が決まりかけますが、そこへナリタブライアンが駆け付け、姉の代役を務めることで事なきを得ます。レースは続行され、彼女たちは走る。そして、ゴールへと向かうタイシンはその中でファンの声援を耳にするのです。自分が見ないように、聞かないようにしてきた外部の声の中に、自分にとっての大切なものがあることに気づく彼女。そしてウイニングチケットとのデッドヒートのすえ、一着でゴールするのでした。

 レースは彼女が制したわけですが、しかしその後スピカの面々(スペシャルウィークゴールドシップメジロマックイーン)がそれぞれそろって意図せず違反を犯していたことが発覚、スピカのやらかしで全チーム失格となり、彼女たちの戦いはG1大阪杯へーー史実にはないifのレースへと持ち越しとなります。この辺のうっちゃりは何だよという人もいるかと思いますが、ここはあくまでBNWの三人がレースへの意欲を燃やすという形でうっちゃっておいて、真の戦いにつなげるという演出は、個人的には最後の盛り上がりにつながる形になっていいのではないかと思います。あくまでBNWの物語として、彼女たちのレースで決着をつける。彼女たちが三強として走り続けるifのレースへ、続きの物語へ繋がることで、タスキのように作り手たちの思い、視聴者たちの願いがつながってゆく。すごく見事な構成だったと思います。新曲で最後のライブも飾り、アニメウマ娘の魅力がこれでもかと詰め込まれた作品でした。

 「走るのをやめたいウマ娘はいません」「私たちは走ることを諦めない」「走り続けるの、私たち」――ウマ娘たちは言います。それは、本来の競走馬たちの気持ちというよりは、それに夢を託していた人々の願い。それは、言ってみればエゴにすぎない。しかし、彼らの走る姿に魅せられた私たちは、それを願わずにはいられない。その願いを作り手たちは真摯に描く。だからこそ、このアニメのウマ娘たちの走る姿に感動せずにはいられないのです。

 それにしても、やはり勝負服のレースはいいですね。ライブの衣装とはまた違ったアニメ的魅力があります。

 そういえばこのアニメ、競走馬+ライブという、いわゆるアイドルアニメの系譜につらなるものなのですが、それらとはズレたところがあって、ライブシーンが明らかにメインではなく、視聴者も特にそれを期待していないという特徴があります。テレビシリーズも、第一話以降は最終話までまともなライブシーンは出てきません。アイドルアニメを装いながら、ライブをカットすることがある意味、視聴者との共通認識となっていて、このOVAでも新曲を披露しつつ、ライブシーンは止め絵でとどめていますし、第一話のキャラクターたちがBNWのレースVTRを鑑賞した際、レースが終了すると即映像が切り上げられ、スカーレットがウイニングライブも見せてくださいよー、と言う場面は、なんとなくネタっぽいメタ描写に見えなくもないです。

 アイドルアニメにおけるライブは、ウマ娘にとってはレースなのだな、と改めて思いました。このアニメはやはりレースが一番熱い。勝負服をまとって走る彼女らの姿は、最高にカッコイイ。いつかまた再び、アニメでその姿が見れたらいいな、と思いつつ、この作品をもう一周しようと思います。

 

  それにしても素晴らしいジャケットだ。