蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

生真面目な幽霊譚の快作 映画『ザ・フォッグ』

 

ザ・フォッグ [Blu-ray]

ザ・フォッグ [Blu-ray]

 

 

  未視聴のジョン・カーペンター監督作で、残るは『ヴァンパイア最後の聖戦』とこれだったわけなんですが、積んでたDVDをついに観ちゃいました。さすが勢いに乗ってるころの作品だけあってなかなか見ごたえのある作品でした。相変わらずの演出の冴えというか、舞台づくりが巧いです。

 日本向け予告とかだと、化け物が次々と霧の中から現れて町を蹂躙するみたいな編集されてたりしますが、そういったホラーアクションものではありません。これはかなり生真面目でクラシックな怪談――もとい幽霊譚なのです。

あらすじ

 焚火を前に老人は語る。100年前のちょうどこの日、この町のアントニオ湾、スパイヴィー・ポイント脇に一隻の快速船が引き寄せられた。そしてその船を、にわかに濃い霧が包み込んだ。足元さえも見えないほどの濃い霧だ。そんな中、霧の向こうに明かりが見えた――そう、こんな焚火のような明かりだった。彼らは明かりへと舵を切った。そして岩にぶつかり、船員たちはみな肺を海水に侵され、海の底へと沈んで行ったのだ。祖父たちは言う――アントニオ湾に再び霧が迫る時、沈んだ船員たちが海からはい出し、自分たちを沈めることになった明かりを求めてさまようのだと……

 誕生百周年を前にアントニオ湾の港町では何かが起こり始めていた。各所で怪現象が頻発し、海の先では光る霧がうごめく。そして霧に包まれた船は連絡が途絶え、後に発見されたそこには奇妙かつ無残な死体が残されていた。海の霧は次第に陸へ、町へと近づいてくる。そして周年祭の夜、ついに霧は町を覆い、沈没船の船員たちがその霧の中から無念とともに復讐へと還ってくるのだった。

 

感想

 この映画、予算は110万ドルで90万ほどかけて作ったそうですが、当時の恐怖のはやり――スキャナーズなどの血みどろ表現を意識してそちら方面にもう少しお金をかけたそうで、とはいえ別段そこまで血みどろ場面はなく、むしろこの映画の恐怖というものは見えない恐怖で成り立っている。不吉な予感、そして何かおぞましい者たちが霧の中に霞んでいる、そのビジュアルイメージがこの映画を支えている。(しかし、『ハロウィン』で大ヒットして110万ドルってどういうことなんだ。『ロッキー』の100万ドルとそう変わんないじゃん……。)

 この作品は前述しているようにかなりクラシックな幽霊譚で、それは冒頭にポーを引っ張ってきたり、のっけに老人が怪談を語る場面を持ってくるところから伺えます。というか、ここまでやってるのに、はやりで血みどろ描写増そうとしたプロデューサー、ぜってー分かってねー。この映画はそんな安手のショッキング描写ではなく、それこそ霧がゆっくりと音もなく迫る、そういうジワジワした怖さが主眼なのです。まあ、前段でも言ってるように映画自体、増したとか絶対嘘でしょ、というくらい血まみれ描写ほとんどないんですけど。

 それはともかく、この映画はまずそのタイトルが現れるまでが最の高なのです。焚火を囲む少年たちを前に町に伝わる怪談を語る老人。その語り終わった老人のアップが上にパンしてゆき、枯れ草が寒風に揺れる丘から望む荒涼たる湾。その寒々と青みがかった画面に『The・Fog』とタイトルがでる。今まさに幽霊譚が始まるという最高のオープニング。

 そして町で起こり出す奇妙な怪奇現象。電気が消えたり駐車中の車のライトが一斉に点いたりクラクションが鳴ったりと実に古典的な幽霊譚らしい演出。まずは前兆をじっくりと描いて、やがて逃れられない夜がやってくる、という風に物語全体の堀を埋めてゆく感じは『ハロウィン』で培った演出が光ります。この映画、実は本格的に幽霊たちが襲い掛かってくるのは終りの20分前くらいからで、それまで一時間以上はずっとその予兆がじわじわと町と人々を締め付けてゆく描写に費やされているのです。それって面白いの? と思うかもしれませんが、それがめっぽう面白いのです。

 最後はバラバラだった登場人物たちが一つの場所――教会に集まって籠城戦、といういつものカーペンターになるわけですが、そこまでもう少し町を逃げ惑うシーンや、パニックになる人々という絵が欲しかったり。そこはまあ、低予算映画の宿命か。一気にこじんまりと収束させます。

 終わり方は、冒頭のポーの言葉のごとく、夢の中の夢という感じに仕上げていますが、『ザ・ウォード』の時といい、個人的にはこの終わり方ってあんましグッと来ないんですよね……。カーペンターらしいぶっきらぼうな幕切れなんですが、映画の筋立てのロジックというか、物語で作った解決のロジックで解決させておきながら、それを無視する形で無理やりショックをねじ込んできているように思えるからでしょうか。やるにしても、古典的な幽霊譚で来たのだから、それとなく示唆するとかに留めておいた方がよかったように思いました。そこは、具体的な恐怖を見せる当時のマーケティングに引きずられてしまった感があります。正直、この作品の具体的にびっくりさせる恐怖シーンは古びていて、今なお光るのは古典的な幽霊譚に徹した予兆の部分だと思うのです。

 とはいえ、『ハロウィン』を撮り終え、当時勢いに乗るカーペンターの演出が冴えまくる古典的な幽霊譚である本作は、音楽を含め彼らしさを十二分に堪能することができる作品。個人的カーペンター作品ベスト3には入らないかもしれないけど、ベスト10には確実に入る作品でしたね。