蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

ルーシャス・シェパード『竜のグリオールに絵を描いた男』

 

竜のグリオールに絵を描いた男 (竹書房文庫)

竜のグリオールに絵を描いた男 (竹書房文庫)

 

  全長一マイルにも及ぶ巨大な竜グリオール。かつて魔術師によってその動きを封じられ、千年もの長き時が流れた。やがてその体には草木が生え茂り、川が流れ、人々はその体の上に町を作った。しかし、動きを止めつつも死したわけではないグリオールは、その巨大な力により周囲に影響を及ぼし、それはグリオールに住む人々にも隠然と忍び寄る。人々はそれを自覚し恐れを覚えつつも、その巨大な意思に従わざるを得ない……。

 そんな巨竜をテーマに据えた短編が四つ収録されている。いずれも素晴らしい奇譚となっているので気になったらぜひ手に取ることをおススメする。

 この作品はその文体がまず素晴らしい。結構文字数多いというか、びっしり書かれているのだが、それをじっと追っていくと次第に引き込まれてゆく。解説でもある通り、そのまま流れに身を任せて一気に読み通すことをおススメしたい。なんというか、遠く遠くへ運ばれて行く感覚を、読書によって体感させてくれる、そんな読み心地なのだ。

 さて、本作は全編が人の意思を操る竜という巨大な存在をめぐる奇譚なのだが、まずは表題作、「竜のグリオールに絵を描いた男」は、グリオールの来歴と、その動かない巨竜に絵を描き、その絵の具に含まれる毒でグリオールを殺そうとする話。そのアイディアを提唱した男の半生をつづる。メインはその男の竜とともにあった半生だ。

 次は「鱗狩人の美しき娘」。グリオールの体内に囚われてしまった娘の数奇な運命というか、グリオールの意思と娘の意思、それらが絡み合い、役目を背負わされた娘の成長譚的なものとなっている。グリオールの体内に広がる世界描写が詳しく描かれ、その異形の世界もまた見どころ。一種の浦島太郎ものでもある。こちらはグリオールの体内で過ごした日々が娘を強くするのだが。

 「始祖の石」は本格的な法廷モノのテイストがあり、ミステリでもあるので、ミステリ好きも一読してみてほしい。というか、目に見える神にも等しい存在が人々を操っていることが前提での犯罪はグリオールの意思である時、殺意というものは立証することができるのか。巨大な操り手が自明の世界での犯罪なんて、エラリー・クイーンが好きそうなネタっぽい。この設定でのミステリーてのも深堀すると面白そうなんだよなあ。作品としてはどこからどこまでがグリオールの意思なのか、というディック的な感覚が主線という感じだが。

 そして掉尾を飾るのが竜との奇妙な異種婚姻譚「嘘つきの館」。この話が一番奇譚色が強いかもしれない。そしてこれもまたグリオールの意思に翻弄される男の話である。残酷な話なのだが、最後の男に訪れる瞬間がどちらなのか、伏せている幕切れはなかなか素晴らしい。

 全体的にはファンタジーであり、その世界にぐっと読者を飲み込んでいきながら、しかし、不思議とどこか我々の世界とすぐ隣り合っているような感覚がする。そしてそれが、この作品全体を一読忘れがたいものにしているようにも思うのでした。