蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

次回は戦争か? 映画『ザ・プレデター』

※一応、『ザ・プレデター』のネタバレしてるんで、観てから読むことをおススメします。

 

 地球にやってくる宇宙人には大雑把に分けて二種類がいる。ヒョロガリとマッチョである。そして大抵はヒョロガリ――いわゆるグレイ型やタコ型宇宙人という連中である。その高度な科学力の代償なのか、はたまたせめて体力では勝ちたいという地球人の貧しい願望の産物か、まあ確かに利便性が身体性を弱体化させるという理屈は“科学的”ではあるのだろう。しかし、一方で科学に堕落しないマッチョな宇宙人も存在する。映画におけるその代表ともいえるのがそう、プレデターである。

 高度な科学力を纏った蛮族。過去の植民地における西洋文明の似姿――という面白みのない分析をすることもできるかもしれない。まあ、それはとりあえず放っておこう。

 レジャーとしての狩というよりは、どこか民族的な儀式性を帯びたような、土俗な狩人。シャーマニックな造形(ジャマイカの戦士の絵が原型)に、そこにある魔術的な意匠として高度な科学を纏っているという、実に見事な異星人キャラクターと言えよう。そして、シリーズはその狩人、という側面にある意味忠実に拡大してきたといえる。ジャングルというまさに原点から、コンクリートジャングルに狩場を移した後は、より強力な猛獣(エイリアン)との戦い、複雑でよりゲーム化されたマップでの狩り、といったふうに。

 そして今回、原点に立ち返る形で、シリーズの正道である1、2の続きとして出てきた『ザ・プレデター』――それはいかなる狩りを描くのか?

 なんと、それは描かれなかった。ここにきて、プレデターは“狩り”を捨てたのである。一応、地球に逃げたプレデターを追うプレデターという意味でプレデターによるプレデター狩りという要素はあるが、それは設定でしかなく、決着もあっさりつく。

 というか、“狩り”にこれまでとは別の意味付け(というか後付け設定)が行われて、強い獲物をコレクションするとか、狩人の名誉的なものではなく、強い生物の遺伝子を自らに取り込んで強化するという(色々科学的にどうなの? という気もしないではないが)とりあえずSF的な理由が語られる。同時に、地球人がプレデター的に絶滅危惧種指定されていて、追われていたプレデターが、地球人を“保護”するためにあるものを運んできた、という設定が物語ひとつの縦糸となっている。

 そして、横糸となるのが、父と息子の話である。息子を救うために父は軍のはみ出し者達とともにプレデターに立ち向かう。ここはぶっちゃけあまりうまくいっていなかったような気が個人的にはした。

 今回の作品、プレデターは「捕食者」だろ、と突っこみを入れたり、過去作品のリンクや1を意識した人物構成(7人の軍人+女性)とか、プレデターファン的な目くばせが結構あって、プレデターマニアが作った作品という趣き。

 脚本は結構グダグダというか、よく考えなくてもおかしなところが散見され、最初に来たプレデターが地球人を救うために来たなら研究所での殺戮は何なんだよ(せっかく来たのにあの扱いでちょっとキレてしまったのかもしれない……)という根本的な穴があったりしつつも、まあそこはそれ。

 つまるところ、プレデターが暴れ回るところが楽しめればオール・オッケーである。登場人物に子どもがいることで遠慮するかと思われたゴア描写も特に遠慮することなく、胴体は真っ二つになり、首が飛び、手が飛び、足が飛ぶ。そして、それらに軍人たちのブロマンスが添えられた作品としてみれば、なかなか楽しめる作品でしょう。

 SF的にはもう少しプレデターの新たな科学技術とかないのかなあ、と思っていたら最後にやってくれました。最強のプレデタースーツの登場です。ぶっちちゃけここがめちゃくちゃカッコいい。マーベルの戦列に加わる気満々なスーツを人類は手に入れ、次は大挙してくるプレデター軍団との戦争が始まるに違いありません。

 そう、狩りは終わったのだ、今度は戦争だ……たぶん。