『地獄の黙示録』

 結構前なんですけど、午前十時の映画祭で観てきましたよ。そしてこれが初めの『地獄の黙示録』だという。

 なんかすごい……んだけど、同時に妙にチグハグ感というか、前半のノリノリなドンパチから次第に鬱っぽい閉塞感を経て、何だか妙に煮え切らない形で幕を閉じます。

 いやでも、それは下敷きにしているジョセフ・コンラッドの『闇の奥』のテーマに沿ってはいるのだが。川をさかのぼっていくうちに、やがて自分たちが、未開人と蔑む現地の人間と区別がつかなくなる――果たして我々は自分で思うほど「文明人」なのか?

 そうやって主人公たちは自分自身の“闇の奥”に入りこんでいく――この映画はそういう構成にはきちんとなっているのだ。

 妻と離婚してまで戦場に舞い戻ってきた主人公のウィラード大尉は、軍を離れベトナムの奥地で独自の王国を築くカーツという男の抹殺を命じられる。優秀な軍人でありながら、カーツは何故、独立王国を築くに至ったのか、次第にウィラードはまだ見ぬカーツという男に興味を抱いていく……。

 なんかすごい奇妙な何かを感じる映画だ。たぶんそれはクリエイターが発する“迷い”の瘴気なのか。やろうとしていたことが次々と襲い来るトラブルで出来なくなり、泥縄式の映画であることは画面に焼き付いている。後半は誰が見たって撮影時の逸話を知らなくてもグズグズだと感じるに違いない。

 しかし、それでも下敷きの『闇の奥』であろうとするがゆえに、いや恐らくそれしかすがるものが無かったがゆえに、強固なまでに骨格としてすじは通っている。主人公たちは「文明人」としてベトナムに入り、川を遡ってゆくごとに、やがて自らの「未開人」性を露にしていく。前半の派手な躁的演出は後半になるとなりを潜め、しだいにぼんやりとした鬱的な、そしてどこか神話的な世界が顔を出す。

 そこはなんか、『闇の奥』にフレイザーの『金枝篇』を接木したような感じがちょっとするのですが……。まあ、欝々とした果てにデニス・ホッパー演じるヤク中のカメラマンがのたまう様に、世界はめそめそと終わっていく、そんな感じでこの映画も幕を閉じます。

 テーマとしては一応のところ一貫性を保っているはずなのに、何故かチグハグな感じがしてしまう映画、それがこの作品の奇妙な魅力なのかもしれません。