夏の夜に怖い映画を~観るはずだった夜 『エクソシスト2』という怪現象

 

夏の夜なんだし、怖い映画を観たいな~と、『エクソシスト2』を観ました。

そして視聴後……

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………………とりあえず、このAAを貼りたくなりました。

ホント、どうしてこうなった……何とか言ってよブアマン!

いや、監督があの「ザルドス」のブアマン、という時点で訝しむべきだったのだ。

本作は、多くの人を恐怖のどん底に沈め、一世を風靡したホラー映画のキング・オブ・キングのあの『エクソシスト』の続編だ。暗く、硬質な画造りと緩急のついた恐怖演出で、ジワジワと悪魔が表出してくる硬派な恐怖映画であり、そしてなにより、抜群にカッコイイ画面が印象的でもあり、私のホラーに対するイメージを変えてくれた作品でもあるあの『エクソシスト』。

その続編は、まことに珍妙な映画と化していたのでした。

映画のパート2というと1作目がヒットしたことによる潤沢な予算からパワーアップする、というのがセオリーである。ターミネーターやエイリアンが代表的だが、その場合、一作目の良質な部分――ウケた部分を拡張する方向性が顕著だ。

当然、『エクソシスト2』もその拡大路線を踏襲している。しかし、問題はそのお金のかけ方が妙な方向へと向かっている、とういことだ。

エクソシスト』の大きな要素の一つとして、少女の変容がある。悪魔に取りつかれ、無垢な少女が文字通り悪魔になっていく恐怖。その特殊効果はかなり印象的だったはずだ。今回はどのような特殊メイクが炸裂するのか、悪魔による超常現象はいかなるものか、観客は期待する。

しかし、しかしだ、監督の興味は何故か恐怖演出ではなく、神父のアフリカ大冒険へと向かっているのだ。大規模なセットやエキストラ、という方向にお金が使われているのが分かる。なんかあまり意味のない空撮、ラストは家が真っ二つになる。なるほど派手だ。しかし、それは何ら“恐怖”には貢献しないどうでもいい部分なのだ。

そしてこれでもかと強調されるのが“蝗”である。悪魔といえば、蝗――アバドン、ということか、ブアマン。とにかく蝗がやたらと出てくる。少女に取りついていた得体の知れない悪魔が、蝗、という形をとるのが『エクソシスト2』なのである。 蝗に具象化された悪魔は正直言ってあんま怖くない……どころかどこか間抜けな空気すら漂う。蝗視点というか、蝗の背中越しの主観カメラがやたらと出てきて、それがまた緊張感を著しく奪う。

この映画はいったい何なんだ……全体的に緩い空気が漂いだすと、もうダメだ。やがて立ちのぼってくるのはシリアスな笑いである。シュールというか、脱力気味の笑いが浮かび上がり、実際ラストのリーガンの家に母親を乗せたタクシーが突っこむシーンから笑いがこらえられなくなっていた。大量の蝗が飛び交う中、リーガンがかつてメリン神父により悪魔の憑依を退けた少年コクモの悪魔祓い(というか蝗払い)を再現するシーンはあまりのシリアスな笑いっぷりに爆笑必至である。

というか、そもそもどんな経緯でブアマンに監督の鉢が回ってきたのか、メリン神父の死の真相なんかよりそっちの方がよっぽど気になる映画、それが自分にとっての『エクソシスト2』であった。あの『エクソシスト』がこんなことになるなんて、それこそ怪現象としか言いようがなく、背筋が寒くなることもなく、じっとりとした暑さの中、唖然としたまま、夜は更けていったのであった……。